新春特別編 東京大会の赤字は2兆円に…それでも札幌に五輪は必要か
東京五輪から4カ月、北京五輪まで2カ月、そして2030年冬季大会に札幌が手を挙げるかどうかの議論もあるこの年末年始は、私たち日本人がオリンピックについてマジメに考える好機である。
ゆずの「栄光の架橋」をBGMに、アスリートが躍動して感極まる映像が流れると、感涙ですべてを水に流してしまう気持ちになる方は多いだろう。私もその1人だ。しかし、その感動のために担当大臣を配置して国家事業と位置づけ、メダル獲得のための強化やスタジアム・アリーナ建設、周辺整備のための費用に兆単位の公金を使うことの是非は検証の必要があるだろう。
東京大会の支出は、大会組織委によれば1兆4350億円だが、ここに遮熱舗装など枠外の関連経費1兆5700億円が加わり3兆円。回収できたのは組織委発表で6343億円、つまり2兆3000億円を超える赤字だ。
五輪のコストはいつも大幅に上振れする。東京も招致時には7000億円だった。住民の理解を取りつけるために、鉛筆なめなめのバラ色の絵を描くからそうなるのだが、近年では成功したともっぱらの2012年ロンドン大会も当初予算は5000億円、終わってみれば1・8兆円。史上最大の予実ギャップは、夏は北京で当初2兆円が最終4・5兆円、冬はソチで当初1兆円が最終5兆円である。
中露とも独裁国家で、民意に配慮する必要がないとこうなるという例でもあるが、民主主義国家であるはずのわが国で開催された東京大会も、似たような赤字額であまり笑えない。さらに言えば、東京大会のために建設した施設はすべて赤字見通しで、負の遺産は減るどころか増える見込みである。
このように、イギリスや日本などの先進国までも手玉に取り、税金を吸い上げるビジネスモデルを構築した国際オリンピック委員会(IOC)のやり手ぶりは、お見事ともいえるが、さすがにばれてしまった。どうあがいても、感動の対価として富を失うことが明らかになったいま、五輪招致に血道を上げる国は限られる。民主主義国家が誘致合戦を繰り広げたのは東京がマドリード、イスタンブールと争った末に落札した昨夏の大会が最後である。
来たる冬季五輪についていえば、経済問題(ぼったくり)にとどまらない、サステナビリティ(持続可能性)に深刻な問題を抱えている。環境保全と気候変動である。
前回2018年平昌大会では、滑降などのスキー競技の会場設営のために、手つかずの保護地域の原生林を切り開いた結果、はげ山と化して土砂崩れが相次ぐようになった。この環境破壊には世界中から非難の声が上がる。そして地球温暖化だ。北京大会では、雪上競技はすべて人工雪でまかなわれるそうだが、開催に手を挙げられるような規模の都市で、競技に足る降雪を期待できる都市はもはや希少で、100万都市となるとモントリオールと札幌くらいだという。
そんな状況下、札幌が2030年冬季大会の誘致に手を挙げる可能性が浮上している。東京オリパラ組織委員会の橋本聖子会長がその旨を表明した際には悪い冗談だと思ったが、ここに来て札幌市が開催概要案を公表。国会においても招致議連が発足したりして、どうやら本気らしい。
開催概要案では持続可能、既存施設の活用など経費削減によって収支トントンを謳っているが、決してそうはならないのは先に記した通りだ。予算の倍として2000億円の赤字、恐らくもっと膨らむだろう。これが感動の対価として見合うのかどうか、札幌市民は真剣に考えたほうが良い。
私は、こと札幌に限っては降雪が期待できる稀有な都市として、冬季五輪の持続を交渉カードにするのであれば、面白いと思っている。たとえば五輪や国際大会など、集客の期待できる競技大会のすべて、あるいは一部を大会後も継続的に札幌で開催する―。つまり単発のイベントでなく、町の年中行事として産業化できるのであればやってもいい。逆にいえば、それが担保できないのであれば、検討の余地はないと考える。
(桜美林大教授、小林至)
東京五輪の場合も、予算を控える為の既存会場が、IOCから拒否された!
