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「建国記念の日」に入れ込む安倍首相が愛国心強制メッセージも…元になった紀元節は政治利用目的でつくられた“偽りの伝統”

2020.02.11 11:57

 

https://lite-ra.com/2020/02/post-5250.html

 

この「紀元節」自体、科学的根拠がないのはもちろん、ハナから政治利用目的でつくられた“偽りの伝統”なのである。

 

「神武天皇の即位を祝う紀元節」は明治政府がつくりだしたフィクション、歴史学でも否定

 

 前述のように「紀元節」は明治時代の1873年に制定されたが、逆に言えば、それまで「初代・神武天皇の即位日を祝う」という大衆的風習などなかった。薩長を中心とした明治新政府は、急激な幕藩体制からの脱却と自らの権威の確立のため、天皇を利用することで政治体制をまとめようとした。そのために着手したのが「神武創業」「万世一系」「万邦無比」「天壌無窮」といった、国体に結びつけられる思想の設計だった。

 

 祝日もそのひとつだ。1873年に太陽暦を採用し、「年中祭日祝日」についての布告を出すのだが、なんと、新政府はそれまでの日本の"伝統的な祝日"だった五節句祝(1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽)を廃止してしまった。その代わりに新たな「国家祝祭日」として設置したのが、神武即位日(後の紀元節)、神武天皇祭(神武天皇の崩御日)といった天皇信仰に基づく祭日だった。

 

このとき、神武天皇の即位から年号を数える「皇紀」も同時に定められている。明治政府は神武天皇即位の年=皇紀元年を紀元前660年の太陽暦2月11日と決め、「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一条)とした大日本帝国憲法の公布をこの日に合わせることで、支配の正当化をはかったのだ。

 

 しかし、言うまでもなく神武天皇は架空の存在である。安倍政権下では、たとえば稲田朋美・元防衛相や三原じゅん子参院議員らが「神武天皇は実在の人物」という趣旨のトンデモ発言をしているが、『古事記』や『日本書紀』に登場する神武天皇は、ときの政治権力である朝廷がその支配の正当性を説くために編み出した“フィクション”というのが歴史学の通説だ(実際、「日本書紀」に従えば神武天皇の没年齢は127歳ということになってしまう)。さらに言えば、神武天皇の陵墓は天武、天智、持統天皇などの陵墓と比べて軽視されており、中世まで始祖として崇め奉られていた形成すらほぼない。

 ところが、この「建国神話」のフィクションは、大日本帝国憲法の発布から敗戦まで「歴史的事実」として教えられていた。最近、日本の近代史研究で知られる古川隆久・日本大学教授が『建国神話の社会史 虚偽と史実の境界』(中央公論新社)という本を出版し、その受容のされ方や当時の社会状況をわかりやすく解説している。

 

 歴史学的視点から建国神話に異議を唱える者は排斥の憂き目にあった。たとえば『日本書紀』などについて批判的研究を行った津田左右吉に対し、東京地検が尋問を行い、『神代史の研究』など4冊を「皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、政体ヲ変壊シ又ハ国憲ヲ紊乱セムトスル文書」として発禁押収。後日、津田と版元が出版法違反で起訴されるという事件も起きている。

 

 興味深いのは、「建国神話」を「史実」として叩き込まれた子どもたちも、実際には、普通に疑義を持っていたと伺えることだ。『建国神話の社会史』では太平洋戦争開戦後、国民学校での歴史教育で「国史の時間に掛図の“天孫降臨”をみて『先生そんなのうそだっぺ』と問うと、教師が『貴様は足利尊氏か』などと怒鳴って木刀で頭部を強打した」というような回想録が紹介されている。

 

偽りの「建国記念の日」への批判が消え去り、大衆に内面化されてしまった恐怖

 

 しかし、前述したように、こんなインチキな伝統であるにもかかわらず、紀元節は自民党と右派によって「建国記念の日」として復活した。

 保守派の知識人である福田恆存は、戦後、紀元節復活の論陣を張った一人だが、1965年に雑誌に寄稿した文章のなかで、いわば“開き直り”に近いかたちで正当化を試みている。2月11日=神武天皇の即位日というフィクションは、祝日化議論の当時も歴史学的見地から批判されていたのだが、これに対して福田はなんと、こんな「反論」をしているのである。

 

〈私たちは絶対天皇制の時代に育ちましたけれども、伊邪那岐尊・伊邪那美命の話をほんとうの話と思ったことは一度もない。天照大神のこともほんとうだと思ったことはない。神武天皇のことでもほんとうのことだと思ったことはない。歴代の天皇が百年も二百年も生きているなどという馬鹿げたことはないのですから、そんな馬鹿なことを先生が学校でむきになって教えても、本気にしない。精神薄弱児でない限りは本気にしないわけであります。だから戦前の歴史教育は間違っていたと言いますけれども、それはあまりにも国民を馬鹿にするものです。〉(「紀元節について」『福田恒存全集』第6巻、文藝春秋。旧字体は引用者の判断で改めた)

 実のところ、この文章で福田が述べる趣旨は「ウソだとわかっているが、あえてフィクションに乗ることで日本を肯定しよう」というものであり、ようは一種の精神論だ。しかし、これが笑えないのは、いまでもこうした構造が温存されていること、いや、もっとタチが悪いことに、大衆に無意識に内面化されてしまっていることだろう。

 

 現在では、ほとんどの人が「建国神話」はフィクションだと知っている。にもかかわらず、多くは「2月11日」が「建国記念の日」とされていることに疑問を持たなくなってしまった。マスコミがその虚構性を再検証することもほとんどない。ましてや、安倍政権を中心とする政治家たちが「神武天皇は実在した」と公言すらしているのに、大した批判も起きずに忘れられていく。昨年の改元をめぐって、天皇制の本質的な議論がまったくなされなかったのと同じである。

 

〈「建国記念の日」が、我が国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、さらなる日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。〉(安倍首相のメッセージ)

 戦前の国体思想・全体主義のツールにされた「建国神話」は、いまなお緩やかに受容され続けている。安倍首相が「建国記念の日」に寄せた言葉は、恐ろしいほど中身がない。空虚とすら言える。だが、その空虚こそが一番あぶないのである。