そうそう、「四十にして惑わず」って言うじゃない?
「不惑の40歳」
あれさ、孔子がその話をした時代は、
まだ「惑」という字はなくて、「不或」だったと。
で、「或」は、域とかの意味で、
「区切る」という意味だから、
「不或」とは「区切らない」。
つまり、本当は
「四十にしてくぎらず」と解釈すべきであるらしい!
…という話をご存知の方も多いでしょう。
四十にもなればある程度の成果を出し、
自分に自信を持って迷いがなくなるのかもしれないけれども、
そこにしがみつかず、
さらに、新しい領域にチャレンジしていくものだ。
というメッセージらしい。
うん。
私は、これがしっくりくる☆
ので、私はこちらを採用します♪
「不或の40歳」
ますます、楽しみだね。
