40年前の自分に伝えたかったこと。 | スーパーももちゃんはミスうちゅうかん。

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サザンファンの介護職員のおバカ&まじめ話満載のブログです。
オリックスの糸井嘉男選手と同じ誕生日なのでこのタイトルになりました。令和2年5月12日よりHNを元に戻しました。

車検の後日談ですが、自賠責保険のナンバーをダイハツの人が間違えてしまい、今日正式な保険証とお詫びのティッシュ5箱が来ました。


来年はタイヤとタブレットの買い替えもあるので考えてお金使わないと後が怖いです。


今日から10月ですが、31日からサザンが主題歌を担当した「盤上の向日葵」とすみっコぐらしの劇場版と元阪神の故横田慎太郎さんの生涯を描いた「奇跡のバックホーム」と観たい映画が3つもあるので迷います。


本当は3つ見たいけど、auマンデイ利用でTOHOシネマズに行くか、料金が安いイオンシネマにするかというのもあります。


映画を見ると夕食の買い物が大変なので連休を取る予定です。


でも40年前は映画どころではありませんでした。


高校入試を控えていたのと、岐阜は今の岐阜新聞のテストが強制でした。


ピリピリした環境だったので精神的にキツかったです。


今だから話せますが、学校行くのが大きなストレスでした。


担任の先生が厳しい人で、忘れ物を3回したら反省文で、勉強も1週間に21時間が強制でした。


ビデオデッキも簡単に買えるものではなかったのでテレビを観るのも制限されていました。


事件はピリピリした環境の中で起きました。


あるクラスメートが映画を観に行こうとしたのが担任に見つかり、それなのにみんなで集まって遊んでいたのもばれたので授業を潰して話合いになり、そのクラスメートは担任に名指しで責められました。


カミングアウトになるけど、私は特性があっていじめられていたし、高校に行くのも難しいくらい成績も悪かったです。


でも、両親はそれを見据えてお金を貯めていたので私立の高校に行かせてもらえました。


結婚後に義理の妹ふたりが高校に行きたくても行けなかったのを見て自分がいかに恵まれていたか痛感しました。


中学と高校が厳しかった反動が社会人になって出て、休みの日はレンタルビデオを見て、CDやレーザーディスクを買いまくり、映画も柳ヶ瀬まで行って観に行き、ライブも有給を使いまくって観に行きました。


自分は厳しい環境にいたのでどんな事があっても耐えれると思いましたが、結婚後に身体を壊して離婚しました。


2月に大腸の病気で入院した後に苦労して見つけた特養も4ヶ月で辞めてしまいました。


7月に運良く今の職場で働いていますが、難しい利用者さんに苦悩しています。


自分はキツい環境にいたので大丈夫という自信は大きな心の傷になってしまいました。


そういったこともあって「自由がなかった自分は不幸」「今の子は自由で羨ましい」とカウンセラーの先生に話したら「今の子が自由だと思ってもその子から見て『自由なんてない』と思っている子もいる」と諭されました。


今はSNSの影響で今の子供たちの方が生きづらいのではと思うようになりました。


55歳になった今、自分の生きづらさと上手に付き合いたいと思います。