それが地獄の始まりでしたその1 | スーパーももちゃんはミスうちゅうかん。

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サザンファンの介護職員のおバカ&まじめ話満載のブログです。
オリックスの糸井嘉男選手と同じ誕生日なのでこのタイトルになりました。令和2年5月12日よりHNを元に戻しました。

2月5日から大腸憩室炎で入院しています。


 入院するのは平成2年の7月の誕生日前に盲腸の手術をしたとき以来です。


 まさかこんなことになるとは思いませんでした。



 入院までの話を書きます。 


 昨秋に職場でいろいろあって転職することになり、その頃に十二指腸潰瘍の症状が出たので岐阜大学病院に紹介状を書いてもらい、胃の内視鏡検査を受けましたが異常なし。 


 新しい職場も無事に決まり、年明けから仕事スタートということでバタバタした日々を送っていました。


 無事に退職することとなり、お正月にIKEAに行こうとしたら2日に各務原のイオンで映画を見た帰りに高熱が出てしまい、風邪で初出勤も危うい状態に。


 熱も下がって新しい職場でのスタートし、右も左も解らず、利用者様の名前も覚えきれない状態のまま働いていました。


 1月も終わりになり、退職金も出て、職場の新年会で「タダ飯が食える」とウハウハ状態で帰宅してから胃がおかしい⋯。 


 その前から逆流性食道炎の症状が出ていたけど、薬が出ただけでした。 


 新年会の翌日が休みで、お世話になっているお寺の節分祭のお金を払いに行ったら、どうやら熱っぽい。 


 早めに帰宅してから洗濯物を取り込んでから寝ても熱は下がらないし、お腹がますます痛くなる。


 なんとか父の分の食事も作ったけど、今度は熱が8度台まで上がってしまいました。


 翌朝仕事に行かないとというわけで起きたら熱が39・1度まで上がってしまい、仕事を休むことに。 


 今度は身体が動かなくなってトイレも行けない状態に。


父の部屋に行って「救急車を呼んで!!」と言い、父に電話をかけてもらいました。 


 日曜日だったので行ける病院が限られており、家の近くの総合病院で診てもらいました。


 その時は単なる「急性腸炎」でしたが、翌日に衝撃的な言葉を言われました。


CTの画面を見せてもらい、大腸憩室炎と言われ、点滴を受けてからかかりつけのクリニックの先生の紹介状を書いて貰ってからタクシーでかかりつけのクリニックに行きました。


 先生に岐阜大学病院の紹介状を書いてもらったもの、行けるのが2日後の5日⋯。


 クリニックから自宅までのタクシー料金がとんでもない金額で泡吹きました。


 翌日、何とか車でクリニックに行けたもの、先生から「入院になる可能性が高い」と言われて痛みと闘いながら準備をしました。


 その日の晩に再度点滴と紹介状を貰って帰宅。


 翌朝雪が降る中で大きな荷物を抱えて岐阜大学病院に行くことになりました。


 それが地獄の始まりでした。