助かる助からないは早期発見と運です。 | スーパーももちゃんはミスうちゅうかん。

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サザンファンの介護職員のおバカ&まじめ話満載のブログです。
オリックスの糸井嘉男選手と同じ誕生日なのでこのタイトルになりました。令和2年5月12日よりHNを元に戻しました。

本題を前に布袋寅泰さんの配信ライブ申し込みと岐阜県知事選挙の不在者投票と50歳にして14年前に抜歯した歯の穴埋めで義歯を入れることとBDプレーヤー修理になりました。


麻酔注射をしての治療がなかったので安心してお昼ご飯とサーティワンのいちごサンデー食べれました。


明日から4日勤務です。それも早番です…。


ここからが本題です。


昨日楽天ブックスで購入した「ヨコハマレシピ」という本が浦安鉄筋家族のDVDBOXと共に届きました。


購入したきっかけは横浜市立市民病院のHPに原さんの実家天吉の天ぷらのレシピが載っていなくて、最近になってからそのレシピが本になっていることを知りました。


天吉のほかに横浜の有名なお店(ほとんど高級店)のヘルシーレシピが載っています。


7年前のサザンの年越しライブの12月28日公演のチケットが運良く取れ、どうしても天吉でお昼ご飯を食べてから横浜アリーナに行きたくて、新横浜のホテルに荷物を預けてから大急ぎで電車に乗り、天吉のあるJR関内駅で降り、混雑覚悟で天吉に行きました。


前日公演を見たファンや地元の人でお店はいっぱいで、1時間待ち覚悟でした。


何を食べようか迷っていたら横浜市内市民病院とコラボしたヘルシーメニューもあったけど、この日は濱天丼を食べました。


原さんの自伝で関内の家に遊びに来た桑田さんも食べたというのを思い出し、それを注文しました。


平成5年の年越しライブのタイトルにもなったしじみのお味噌汁付きです。


食後レジにいた原さんのお兄さんに「横浜アリーナに行きます」と挨拶をして男女7人秋物語好きの私は大急ぎでお店を出て川崎大師に向かいました。


岐阜に戻ってから横浜市立市民病院のHPにアクセスし、そのレシピがあることを知りました。


HPの「シェフのひとこと」でお兄さん茂男さんがこんなことを話していました。


サザンのメンバーが各自ソロ活動に入っていた平成19年に茂男さんの奥様が脳溢血で倒れました。


発見が30分遅かったら寝たきりだったと言うのです。


何故茂男さんの奥様は助かったでしょうか…。


1に茂男さんがお寿司屋さんで一杯注文したときにかかってきた電話で奥様の苦しそうな声と地名と
駅でおかしいと気づいたこと。


2に一緒にいた友人の方と地名と駅を頼りに探しまくったこと。


3に電話が繋がったのが16分後でその後ですぐに救急の電話をしたこと。


4に茂男さんが駅から病院までの道筋を覚えていたこと。


5に駅の近くにいた車の中で意識消失の奥様を発見し、救急棟に行けたのが電話の36分後だったこと。


6に宿直のドクターが著名な脳外科医の先生で、検査後夜22時30分からのオペ(手術)でそれも翌朝の6時までかかる大手術でした。


ただし、右麻痺は残っているといいます。


私は職場で車椅子生活で立つのも困難でおむつの生活をしている人を見ています。ほとんどが発見が遅くなったケースです。


体が動かないのと片麻痺とおむつのイライラを職員にぶつける利用者さんもいます。


厳しいリハビリを挫折したというのもあります。


私の母方の祖母は今から40年前の3月はじめのいとこの上京前に夕食のカレーライスを食べているときにぼろぼろこぼしていたのが倒れる前兆でした。


祖母は風呂の湯を入れに行ったときに倒れ、救急車を呼びましたが、雪の影響で車が入れず、そりに乗せて救急搬送されました。


母の実家のある新潟県の上越市中郷区は周りになにもなくて、長野オリンピックの影響で高速のインターが出来てもコンビニは車じゃないと行けない地域です。


いとこは母の義姉にあたるおばの付添いなしで妙高高原の駅から東京に行きました。


母が見舞いに行けたのは4月になってからで、祖母から母の記憶はなくなりました。


寝たきり生活は7年で、私が高3の秋に亡くなりました。


5年前からはおばが認知症になり、東京に住むいとこはコロナウイルスの影響で新潟に帰省することさえ出来ません。


私も母がいつがんが悪化するかわからないという不安があります。


茂男さんの話を見て脳出血のリミットは1時間で、発見が早ければ早いほど助かるという事実が解りました。


最後にまた天吉で美味しい天丼食べたいです。ハラさんの甥の広也君は桑田さんの長男とさだまさしさんと大江千里さんと忍者ハットリくん似です。