9月に入ってしまいましたね。
OLの頃、9月になると学生たちが通学で電車を使うようになるから、
8月は空いていた電車が、いきなり混んで、痴漢がいきなり増えるという現象があって、
嫌だな~と感じていたな~とちょっと思ったことを、昨日、思い出しました。
昭和だな(笑)
50年前の銀座です。とか、30年前の学生たちは‥なんて言う、映像が流れると、
すっごい昔の映像だな~と思うけど、その頃、生まれてた。
とか思うと、良く生きてきたな。
と最近思います。
もうそろそろ地球からサヨナラしてもいいですかね?
ほんと、早く宇宙に帰りたいわ。
どこの星に帰るというのはないんだけど、漠然と宇宙に帰る。と言う感じ。
そんな風に感じている人いるんじゃないかな?
それには、やることやってかないとね。
地球の輪廻転生に巻き込まれてしまうのだけは、勘弁してほしいので、
やり残しがないように生きていかないといけないです。
喜びに生きるとか、好きなことやろう。とか、いろいろ言われてるけど、
本当にやりたいと思うことしか、手につかなくなる時期が近づいています。
もちろん、食べていくために仕事をしていかなければいけないけど、
その考え方も変わるかもね。
食べるために仕事をするから、自分が働くことで周りが幸せになるという思いでしごとをする、
から、やりたいからやる。
自分のやりたい!これが好き!が、まわりを幸せにしていく。
でも、別に周りが幸せにならなくてもいい。
何に幸せを感じるかはその人の自由だから。
自分がやりたいからやってるだけだから。
誰に賛同されなくても、やりたいからやる。
昔、『孤高の人』と言う言葉を聞いたときに、
なんか、震えた。
孤高とは積極的な孤立・創造的孤独を意味するんだよね。
孤立とか孤独って寂しいという感情を掻き立てるけど、
そうじゃなくて、
自分の人生を創造していく過程で自然と周りから「孤立」した状態になる。
自分の人生を自分の世界をクリエイトしていくことだからある意味『孤独』を
感じるかもしれないけど、その「孤独」は決してさびしいとか侘しいなど、
負の感情を掻き立てるものではなく、自分を中心として人生が動き出していくと、
孤独の中にいながらも、まわりとつながっているということを
感じられる状態になる。
すごい、ストイックな生き方!なイメージだけど、
実は全然違って、勝手に周りがストイックって言ってるだけ。
当の本人は、ただやりたいからやっている。
好きだからやっている。
と言う感覚。
それがいつしか、お金を生むようになるかもしれない。
それも、その人にとっては副産物なのかもしれない。
と、ここで、間違ってはいけないのが、
『お金のためにやる』
『生活のためにやる』
ということが、いけないこと。ではないということ。
お金のためにやる!つまり、お金を稼ぐことが好き!
ならそれでいい。
家族に不自由な生活ではなくて、自由に生きてもらいたから、
自分はそれが喜びだから、やる。
でもいい。
自分の『やりたい』が『好き』『喜び』につながる物ならそこをクリエイトしていけばいい。
でも、残念なことに、私たちは、たくさんのしがらみや執着を抱えているから、
なかなか、「孤高の人」にはなれなくて、『創造的孤独』もわからない。
わからないなら、これ体験してください( ´∀` )
今日もわくはぴ!
eri




