今日は、恋活からちょっと離れたオハナシ。
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実家の父が発熱して入院した。
詳しい検査結果が出たのが昨日。
なんと、希少で難治性の癌とわかった。
手術に向かず、抗がん剤治療になるとのこと。
父の家系には癌がひとりもいないので
みんなビックリ。
父は今までまったく病気がなく、長寿の家系ゆえ
まさか!となった。
とはいえ、90も近いのだから、まったく不思議ではないのだけれど。
ただ、認知症の母のほうが残されてしまいそう。
母は末っ子体質で、今でも父にべったりなので
父はそれだけが心残りにちがいない。
とりあえず、発熱は収まり退院となったけれど
これから、本格的な治療が始まる。
「お父さんがいないと、まったくつまんない」
入院中、母はそう言って
すぐに父の携帯にかけてしまう。
電話したことを覚えていないので、何回でも。
実家で母の見守りをしている娘たちがいても。
「なんだ?
用がないんなら、切るぞ」
父は、いつもどおり、そっけない。
用事がないのに電話する男なんて、あんまりいないよね😊
ましてや昭和の男。
「あなた、今日はなにしたのー?
一日1回くらい電話くれてもいいじゃない」
なんて、母は少女のよう。
「お母さんは、お父さんがほんとに好きなんだね」
と、あきれて言ったら
「そうねー
好きになっちゃったんだねえ♪」
と、にこにこする。
父の病気の説明を主治医から聞くとき
母も同席していたのだけど
もう、よくわかっていないのが幸いだ。
以前のままの母だったら、大騒ぎしたに違いない。
もともと不安が強いタイプだから。
今は、ポカンとしてる。
とりあえず父が帰ってきたので安心してるだろう。
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実家のピンチに数日間帰省して
東京へ戻って考える。
時間は、刻々と流れているのだな、と。
父の病状を、かっぱ子とかっぱ太郎にも話した。
ふたりは、わたしほど動揺はしていない。
おじいちゃんなのだから、まあ、順番どおりだものね。
ピッカピカの体をもつ2人を前に
わたしは、世代に想いを馳せた。
80代の両親
50代のわたしたち姉妹
20代前後の子どもたち。
30年の時の差が、体に刻まれている。
それは、とても明らかな差。
父母だって50代のころは、ものすごく元気だった。
もちろんバリバリ仕事をしていた。
60で退職してから、夫婦でたくさん旅行した。
かっぱ子が1歳のときは、母と3人でグアムへ行った。
あの時母は・・・60代半ばだったのか。
スカートの水着を着て、かっぱ子と元気にプールで泳いでた。
まだまだ命が輝いていたんだ。
それから20年。
かっぱ子は立派な成人になり
父と母は、沈みゆく落日となっている。
わたしは?
あの頃の母のように、元気に働いているけれど
30年後には、まちがいなく
沈んでいくということだ。
杖をついて歩く足取りさえ、おぼつかなく。
当たり前のことなのに
東京で暮らしていると、つい忘れてしまう。
東京はエネルギッシュな街だから。
労働と消費。
元気に働き、経済活動を行う人が集う街。
いつもは、わたしもその急流を乗りこなしているのに
実家から帰ってきて、今回ばかりは
その流れについていけない気分。
「過去でも未来でもなく、今を見よう」
と言うけれど
それは、過去も未来も、まったく見ないことじゃなく
遠目にどこかには、置いておくことなのではないか。
来し方行く末を、ちらりと端っこに入れながら
「今」を楽しむ。
そんなの、きれいごとだけどね。
実際には、簡単じゃない。
周りには、イス取りゲームのような空気もある。
子育てが終わり、円熟期を迎える人たちが
「だれと どこで どう暮らすか」を
さぐっている動き。
50代のうちだぞ!
音楽が鳴りやむ前に、後悔のない選択を!
うーーーん
わたしは、まったくもって、カオスになってしまった。
子育ても、パートナーシップも、仕事も、住まいも。
ここへもって、両親との関係も絡んできたか。
頻繁に帰省するなら、住処にも影響する。
こんなとき、条件のいい人が
ひょいと現れたら、のっかりたくなる。
(例えば、おさむくんみたいな)
でも・・・新卒からやった仕事は
ある程度やり切ったし
そういう意味でも、この先何がやりたいのか。
どこでどうしたいんだっけ?わたしーーー?!💦💦
「安心したい」だけじゃ、嫌なのだ。
なにか、もう1個、山を登りたい。
まあ、そんな中でも
父の病状が進む中で、見えてくるものがあるだろう。
父より強い男に会ったことがない、と
わたしが思うその父が
とうとう弱っていくのだから。
何か、価値観が転覆されるかもしれない。
それが人生後半に向けて、あらたなエンジンに・・・なるといいな。
まるで二度目の思春期みたい。
中年だけど・・😀😀
今日はそんな、恋活じゃないオハナシ。
でも、ぜんぶつながってる、多分。
(おしまい)