親離れと言っても、
子どもたちのことではなく、わたしのこと。
わたしの中で
不可逆的な変化が始まった。
この5年間
はらぺこくんは「絶対的」な存在であり続けた。
まるで「親」のように。
わたしは
彼にすべての甘えをぶつけ、
受け入れてもらうことで満たされた。
彼はわたしの憧れだった。
親のように。
わたしの知らない世界の道理を知っている人。
依存の存在でいられる「繭」。
でも、子どもはやがて
親を相対化することを学ぶ。
親もまた、ちっぽけな、ひとりの人に過ぎない。
限界にがっかりする。
憤りを感じる。
もっとずっと、わたしを安心させる「憧れの人」で
い続けてよ!
この「がっかり」には、覚えがある。
元夫との関係が変化したとき。
20年くらい前にも味わった。
わたしは、あの時、恐慌を起こした。
パニックになって、不安でたまらなくて。
ずっと依存の「子ども」でいさせてくれないの?!
2回目の今回、それはもっと静かに起こっている。
わたしは、もう少し成長した。
じわじわと、静かに変化を受け入れいてる。
それに、はらぺこくんは、元夫と
似ているけれど、ちょっと違う。
彼は、ちゃんとした「親」たりうる。
元夫は、わたしが離れていくことに
ものすごく抵抗した。
依存的な母親のように。
でも、はらぺこくんは、きっと違う。
彼は、強い痛みを感じながらも
わたしの自立を、まぶしく受け止めてくれるだろう。
母性の塊のような人だけど
それなりの強さもある大人だから。
はらぺこくんの方からは、絶対に離れていかない。
どんなに振り回し、勝手なことをしようとも。
いつでも帰れる場所であり続けてくれる。
でも、わたしから手を離すならば、受け入れてくれる。
それって、本当に「親」そのものだ。
わたしは、ちょっと罪悪感を感じる。
そんな大きな愛で包んでくれる親を見限るのだから。
そして、今までどれほどの大きな愛で包んでくれていたのか
思い知って、涙が出る。
感謝・・・・
心からの深い感謝が湧いてきたら、
関係は、次のステップへ進む合図なのだ。
でも、急がなくてもいい。
関係性が、どんな風に着地するか?
今までの経験のデータから予測しなくてもいい。
未来は不可知なのだから。
人との関係は
すべて唯一、ユニーク。
その人とわたしだけの形をとるのだから。
抽象的な話ばかりだったけど
また具体的なお話も、近いうちに書きたいと思います。
(おしまい)