その晩は雨が降ってた。

 

所さんと3回めに会う日。

 

彼の家の最寄り駅で待ち合わせ。
仕事帰り、スーツ姿の所さんが現れる。

夕暮れから夜に変わる薄闇の中、
並んで歩きながら、
私は不思議な緊張感と解放感に包まれていた。
 
私が夜出かけるのは、とっても贅沢なこと。
しかも今日は、子どもたちが
実家に帰省しているから、
何の心配もいらない。
 
足元の雨のわっかを見ながら、
背中に羽がはえて、ふわふわしてる気分。
 
杖をついて傘をさす所さんは
雨の日はちょっと大変そう。
 
かばん、すごく薄くて軽そうだな~
そういえば、いつも持ち物がとってもコンパクトだ。
身軽であることが、彼には大事なんだね。
 
彼なりの事情に、
こうやって、つどつど気づかされるのだけど、
それにもだいぶ慣れてきた。
 
その晩は
所さんが行きつけのお寿司屋さんに
連れて行ってくれる約束だった。
 
「ガンジーの寿司屋」って
所さんは、あだ名をつけてる。
 
お店の大将が、ガンジーに似てるから、って。
 
なるほど、
これは、ガンジーだ(^^)。
お寿司屋さんのカウンターに座って
悟りを開いたようなおじいさんの顔を見て思う。
 
「どう?似てるでしょ?」
「たしかに!」
 
私たちは隣り合って、
小さな声でくすくす笑った。
 
所さんって、どんな人?
ってわかりやすく伝えるには、
「男はつらいよ」の寅さんを
イメージしてもらうのがいい。
 
顔は、所ジョージ似。
でも、しゃべり方は寅さん。
 
結構、口が悪いのだ。
だけど、なんだかお茶目で許せちゃう。
 
お寿司屋さんのガンジーのことも
「片足を棺おけに突っ込んでるようなじーさん」
って、陰で言ったりする。
 
もちろん、彼はガンジーさんが大好きなんだけど。
 
ガンジーの寿司屋は
もともとこじんまりした
カウンターメインの店だったけど
その日はすいていて、他に、1、2人
いるだけだった。
 
所さんは、慣れた様子で
チャチャっとつまみをたのむと、
日本酒をのみつつ、
他のお客さんやガンジーと
軽口をたたく。
 
私はあまり夜、出歩かないから
行きつけのお店なんて全然ない。
 
こうやって、ふらりとカウンターに座り、
その場の人と会話を楽しみながら
お酒をたしなむ所さんが
なんだかとっても大人に見えた。
 
所さんは、水を得た魚のように
いきいきして、上機嫌。
 
私も、3回会って、
だいぶ慣れてきた。
緑茶ハイの酔いも回ってきて、
だんだん立ち入った話もするようになる。
 
所さんの足は
赤ちゃんのときの病気が原因。
 
命は助かったけど、後遺症が残った。
病気の記憶はなくて、
物心ついたときからこうなんだ、って。
 
子どもの頃から
「足のせいで負けてたまるか」
って思っていて、
持ち前のお笑いトークで
学校でも割と人気者だった、と本人談。
 
その負けず嫌いの気性で、
生まれ育った田舎町から、
絶対に出てってやる!と猛勉強して、
1人で、東京の大学に出てきた。
 
大手の会社に就職して
定年まで勤め上げた・・・
 
というプロフィール。
 
所さんの根底には
負けず嫌いと、人並みはずれた努力がある。
 
でも、それは軽やかな「笑い話」に昇華されてる。
 
そういうところに、みんな惹きつけられるんだろうなー。
 
所さんが、自転車に乗るっていう話になった。
「自転車?乗れるの?」
思わず、聞いてしまった。
 
「乗れる、乗れるー。
 ほら、全然動くよ!」
無邪気に笑って、
所さんは、悪いほうの足をぐるぐる動かして見せた。
 
なるほど・・・
何ができて、何ができないのか、
想像が及ばない。
 
ほんとに好奇心をそそる人だ。
 
他にも好奇心をそそるところがいっぱいある。
こうやって飲み歩くのが大好きな反面、
所さんは自炊も大好き。
 
スーパーの値引き商品を見つけてきては
サラダとか炒め物とか味噌汁とか、よく作る。
魚の煮付けまで作るっていうから驚き。
 
それから、アイロンがけと、ボタン付けも大好き。
特にボタン付けをこよなく愛していて、
「スーツのボタンが、ぐらぐら取れかかってくると
これでボタン付けができる♪って
 わくわくしちゃうんだよな~」
って、とにかく可愛いのだ。
 
大人の余裕をすごく感じさせるのに、
少年のように、無邪気に
毎日のささやかなことを楽しんでいる。
 
生きるのが上手。
 
そんな人。
 
今思うと、そういうところも、
すごく気に入ったんだと思う。
 
私は、日常を楽しむのが苦手で。
家事は必要に迫られてやるけど、
全然楽しくない。
 
それに・・・
所さんの精神の健やかさ。
それは、前の夫には、全然ないものだった。
 
所さんの隣にいると、すごく楽しい。
人生は楽しむもの、って感じられる。
 
ところで、所さんは私のことを
どう思ってるんだろう?
 
会うようになってからも
毎日メールをくれて
「かっぱさんと距離が縮まったようで嬉しいです」
とか、愛をささやいてくれるのだけど、
実際に会うと、
そういう言葉は全然ないし、
礼儀正しくて、酔っても一切くずれない。
 
前、メールで言ってたように
共においしいお酒をのみ、
おいしいものを食べ、
他愛もない会話に笑っている・・・
それは確かだけど。
 
60歳の男性サンプルなんて
全然ないものだから
私たちの行き着く先が
まったく読めない。
 
ガンジーのお寿司屋さんで
握りもいただいて、
おいとました後、
そばのアジア料理屋で
もう少し飲む。(私はソフトドリンク)
 
アジア料理屋の閉店時間になって
店を出ると、まだ終電までしばらくあった。
 
「うちでちょっとワインでもどうですか?」
と、所さん。
 
んー?
さっきソフトドリンクだったから
また少し復活して飲めるかも。
 
でも、本能的に
帰ったほうがいいんじゃないかな?
って気もした。
 
どうしようかな・・・・
迷っていたけど
とりあえず、終電まで、となった。

 

 

このときの心境は
自分でもいまだによくわからない。
 
好奇心・・・だったのかな?
 
雨の中、
所さんの背中についていった。
 
(つづく)