このグループにご参加の方の中には 「唯識に学ぶ」のメンバーさんもおられるようですが、腑に落ちた投稿でした。
正直に言うと
目を通している間中、
ついぞ我が身を忘れて、
だからあの人は
なぞとジャッジしている自分がいた。
やれやれですがな![]()
清森 義行さんがグループ「唯識に自己を学ぶ」でリンクをシェアしました。
『劣等感』は、なぜ起きるのでしょうか?
『劣等感』とは、自分の中で、嫌な部分が見えると、「自分にはこんな悪い所があるからダメなのだ」と思う心です。
劣等感が起きるのは、自分が上に立つ為に、他人を否定するから、と言えます。
その時「この人は、こんな悪い所があるから、ダメなのだ」と否定します。
なぜ他人の価値を下げるのか、と言いますと、
それは他人を下げることによって、自分が上になれるからです。
私達は自分よりも、下の人を見ると安心します。
それは何故かというと、自分が上に立つことによって、自分には価値があるのだ、と思えるからです。
なぜ、それほどまでに私達は価値にとらわれるのでしょうか。
それは、価値のある人は、他人から大事にされて、見捨てられないと思えるからです。
自分は、周りの人から相手にされていないと思う人ほど、価値にとらわれます。
価値があれば、自分は皆から大事にされると思っている。
だから、皆から大事にされたいから、皆から認めてもらいたいから、他人よりも、上に立とうとします。
そうして、他人の上に立つことによって、その時は自分は価値があるのだ、と思えるようになって安心します。
しかし上に立ったから、と言って、皆から認めてもらえる訳ではありません。
「皆から相手にされないのではないか」と不安になり、その不安から自分が上に立とうとする。
結局、劣等感が生まれるのは、どうしてかと言いますと、
「自分は見捨てられるのではないか」という不安から、
「自分は相手にされていないのではないか」という不安から、起きて来るのです。
この不安から、私達は自分よりも下の人を作ろうとしてしまいます。
自分の周りの人を見て、ダメな所を探そうとします。
そしてダメな所を探して、「こんなダメな所があるから、この人はダメなのだ」と安心する。
他人を下げることによって、その種蒔きが唯識で跳ね返り、ブーメランのように世界から自分のダメな所を否定されているように感じて苦しむようになります。
結局、他人に向けられた感情が、そっくりそのまま、自分の元へと返ってくるのです。
劣等感は、自分が上に立ちたいという思いから、その思いが跳ね返って、自分の嫌な所が気になるようになり、
「こんなダメな所があるから、自分はダメなのだ」と思ってしまいます。
他人を否定したら、唯識で跳ね返り、自分も否定されるように世界から感じて、
そして実際に周りから、否定されるようになっていくのですね。
「他人を否定して、幸せになれることは絶対にない」と、お釈迦様は教えられます。

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唯識講義【28年06月18日】②邪見驕慢悪衆生・清森義行