個人的には、あまりご縁のない
「裏切られた」という感覚。
いや、預けた大きなお金を
持ち逃げされたこともあるし、
恋人が二股かけていた
ってこともあるし、
それなりに経験してるのだけど
心理の勉強を始める前から
この感覚…概念がほぼなくて
なんでだろうなぁ?と
思ってはいたのです。
実はこのところ、
カウンセリングで
「信じていた人から裏切られた」
というエピソードを
立て続けに4件も聞いてね。
その流れで、新しく学んだ
仮面心理学で分かることに、
人を信じやすいか、
疑ってかかるか、
(またはどちらでもないか)
という項目が出てきたの。
私ねぇ、持ってました…
人を疑う性質。
なんか、嫌だよね?
とりあえず疑って掛かるんだと。
嫌なヤツな感じしません?
けど、自分を振り返ると、
例えばネット情報は
かなり検証する方だし、
美味しい話なんてあるわけない
と思っているし
(だから昔から
ネットワークビジネスを
毛嫌いしているところアリ)
恋人の語る言葉は
「今は一時的に
盛り上がっているだけよね」
とどこか疑っていた…
思いっきり疑う性質じゃん!
だけど、だから、
裏切られたと感じることも
少なかったのだと思います。
簡単には信じない、
疑って掛かる性質があっても、
信じたい気持ちはあるんです。
だから、本質や本音を
見ようとするところがあって
それは今の仕事にも
役立っているかなぁ。
あと、子どもの頃から
人は変わるものだと思っていたし
誰かと何かをするならば
その変化も引っくるめて
受け入れるつもりでいたから
何かが起きた時には、
相手に任せた自分の責任、と
若い頃から思っていました。
怒るよ、キレるよ、嘆くよ。
悲しくて、涙に暮れるよ。
だけど、裏切られた、とは
ならなかったのね。
全ての性質は裏表。
人を疑う、簡単に信じない、
ということは、
裏切りも存在しない。
逆に、そんな中で
二人だけ、とても強く、
裏切られたと感じたことが
ありました。
どちらも女性ですが、
心の底から信じて愛して
尊敬していた人でした。
そう。
「誰かから裏切られた」
と感じる時は
きっと、とても、その誰かを
深く深く信じていた時。
裏切られてばかり
と表現する人は、
何度もあきらめずに
信じてきた人なのでしょう。
人を信じられるのは、才能。
私は、そう思います。
人と近しい関係を築き、
暖かい希望の中で
暮らすことができる、才能。
子どもはみんな、
この信じる力を持って
生まれてくるのよね。
徐々に、脳の発達と共に
DNAに沿って変化する人と
そのままの性質で大人になる人
それぞれなのだけど
(私も高校生くらいまでは
普通に人を信じて、また、
裏切られたという感覚も
感じたことがあります。)
小さなこどもは、
人を信じないと生きられない。
少なくとも、家族や
自分を育ててくれる人は。
だけど、人を疑うのも
これまた才能なのよね。
そうやって自分を守り、
また何かあった時には
ちゃんと自分の責任とする。
それができるのも
優しさかなぁ、と思う。
それに、疑いから入りながらも
心底信じられる関係を築くと
とても強い絆になるのでしょう。
だから、どちらも素晴らしい。
ちょっとズルい着地点かな?
でも本当に思います。
それから、
人から裏切られたと感じて
絶望的な気持ちの中にいる方は
いつか、それだけ相手を信じて
それだけ相手を愛したのだ
という真実を
受け入れてあげて欲しい
と思います。
裏切りを憎んだままでも良いから
深く愛した記憶は憎まないで
優しく包んであげられたらな。
「裏切り」が悲しいのは
きっと相手を信じた自分を
責めてしまうから。
責めないで
抱きしめて
イイコイイコしてあげよう。
信じるという才能は
美しいものよ。
その才能を閉じないでね。
