三人兄妹の末っ子、それが私。
5歳上の兄と3歳上の姉。
小さい頃は、
優しいお兄ちゃんと
いじわるだけど面白いお姉ちゃん
二人とも大好きで
ついて回っていたなぁ。
頭脳明晰だけど
社会での人との関わり方に
難しさを感じて
いち早くネットの住人になった
本格的なオタクの兄は
高校生の頃から両親と距離を置き
理工系大学院を途中で辞めて
実家を飛び出した。
家族の中で一番
普通に仲良かった私も
その約5年後から拒絶され
20年以上連絡がつかないんだ。
優秀で行動力のある姉は、
小学校の頃にイジメを受けて
世の中への疑問や怒りを感じた
その経験をバネにして、
生徒会長や部長など
リーダー的存在であり続け
いつも理想の形を定めて
それを追うような人だった。
高校へ進んだ頃から
私をいじめて喜ぶことが無くなり
社会人になると二人で旅行したり
私の音楽活動を応援してくれたり
仲の良い姉妹のようだったし
老い行く両親を大切にしたい、と
孫を連れて良く実家へ行くような
家族想いの人だったのだけど、
私の度重なる離婚と婚姻、
それを受け入れた両親へ
突如激しい怒りを見せて
一切の連絡を断ってしまった。
あれから、丸4年だなぁ。
なんとか繋ぎ止めようと
走り回ったり届け物をしたり
手紙を書いたりした時期。
断固拒絶され打ちのめされて
自分を責めた日々。
逆に相手を心の中で罵った頃。
ただ寂しいという気持ちを
味わった季節。
そして、ただ彼らの
心の平和を祈る今。
昨日ね、月一の俳句の日で
講座の前に母とランチをしたの。
AOさんはKAZとデートだし、
誕生日のお祝いに、と
ひつまぶしをご馳走になって
ゆーっくり話ができたんだ。
ずっと埼玉に住んでいる
と思っていた兄の、
不動産管理業者さんから
連絡があったのだって。
いつからか、川崎へ
引っ越していたらしい。
そこが台風19号で床上浸水して
1階に住んでいた兄の部屋も
恐らく浸水しただろう、
家具などの被害があれば
不動産屋さんの方で保障するから
連絡したいが電話がつながらず
実家へかけてみた
ということだったのね。
まず思った。
緊急連絡先に実家を
記載しておいたんだなぁ、って。
何かあった時には
実家に連絡が行っても良いと
思ったんだなぁ、って。
なんか、それだけでも
ホッとした。
いや、連絡付かないんだから
台風の被害や、今どうしているか
もちろん心配なんだけども。
完全な断絶を望んでいる
って訳ではないのかな?と。
母はね、突然の連絡に、
最初警察か何かで
死亡連絡かもしれないなどと
一瞬で考えが巡って怖くなって
父に電話を代わってもらった
って言ってた。
父は、聞き出した住所を
すぐにグーグルマップで探して
映像で確認して母に見せて、
前に住んでいたところより
ずっとしっかりした建物だとか
そのエリアはIT企業が多いから
転職したのではないかと
明るい方へ希望を持てる話を
したのだという。
父はすごいなぁ。
両親とも、兄に逢いに行く
とは言わずに、
無事を祈るだけだった。
で、私はその話を聞いて、
姉のことも思い出しつつ、
家族っていう繋がりの
太さを感じていたんだ。
一緒にいないから、
連絡が取れないから、
身体が無くなったから、
家族じゃなくなる訳じゃない。
離れている方が
心から穏やかにいられるなら
それも形としてはありだなぁと
捉えられるようになった。
バランスの取れる距離感は
一人一人違うから
離れている方が安定することも
あるんだよな、と思う。
そう自分の中で消化したら、
離れている家族の幸せを
祈る気持ちが
自然にふんわり膨らんだ。
両親からも、そんなニュアンスを
感じることができたの。
一緒に住んでいたけれど
ギクシャクしていた頃より、
ずっと優しくて平和で
愛情を感じられる。
そりゃあ、時々会って
笑いながら一緒に食事できるような
家族の形は一番嬉しいと思うけれど
それはオマケというか…
大切なのは自分がこうして
家族の幸せを自然に祈れること。
そんな風に感じられている今、
私は幸せだなぁ♡
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