
☆山敷"a-Qui?"晶 アフリカ太鼓ジャンベのライブ情報
*****↓↓↓昨日の日記の続編です ↓↓↓*****
私はカナダでセラピーを勉強している間に
恐怖を手放すことと、悲しみを受け入れることに関しては
かなりどっぷりとケアすることができました。
(これは、受講中にLHAC代表のSakiの施術を受けることや
学友たちとの様々なシェアリングによって起きました。)
けれども「怒り」はなかなか出てこなくて、
探しても探しても見つからなくて、
(なければなくても良いのに)焦りを感じることがありました。
それでも、怒りは二次感情で、その下の悲しみを隠しているものだとしたら
怒りを通り越して悲しみに直結しているだけだから
別にいいのではないかと思っていました。
また、私たちの日々起こることには、必ず意味があるので
きっとまだ、私には自分の「怒り」を受け入れる準備が整ってないのだから
焦らず怒りがやってくるまで待とう、とも思いました。
帰国してから、まず一度小さな波を感じました。
人と会う約束をしていて、連絡のすれ違いで
本来会えたのに会えなくなってしまったと分かった時に
猛烈に怒りが込み上げてきたのです。
その時私の中に浮かんだのは
「どうせ私は重要じゃない」という言葉でした。
それまでは「大切にされる存在ではない」と感じると悲しくなっていたのですが
この時は「大切にしてよ」「優先してよ」という怒りが沸き出しました。
ところが完全に沸騰する前に、相手が予定を変更して会いに来てくれたので
私の中の怒りは、すぅっと収まってしまいました。
それから2ヶ月経って、巨大な怒りがやってきました。
また別の人との関係性、距離感に迷った時です。
相手の言っていることと選んでいる行動が違うと感じて
「嘘をつかないで!」「適当なこと言わないで!」
そしてやはり、「ちゃんと大切にして」という気持ちが
とめどなくあふれ出しました。
「もう嫌なの!」「一番がいいの!」
そんな想いが怒りと共にお腹の底の底の方から爆発しました。
体中を血が駆け巡り、熱くなって筋肉という筋肉に力が入り
吐きそうなほどに怒りのエネルギーが込み上げたかと思うと、
やがて、猛烈な悲しみがやってきました。
思い出した記憶は二つあります。
一つは中学まで引越しが多かった我が家が引っ越す度に
友達からもらう「絶対に忘れないからね」「手紙を書くから」
という言葉とうらはらに届かない手紙。
もう一つは小さい頃からいつも姉と比較されてきたという記憶。
三歳年上の姉は、当たり前のことだけれどいつも私の先にいて
私は追いつくことができず、劣等感を持っていたのだと、思い出しました。
おさがりも、みそっかすも、赤ちゃん扱いも嫌。
実際は、私は家族から愛され、可愛がられて育ってきました。
姉や兄には、私は極端に甘やかされた存在で
誰よりも大切にされたじゃないかと、怒られるかもしれません。
でも、私が幼い頃にそう感じてしまったことは確かです。
誰かと比べられて評価されるのも批判されるのも嫌。
そのままを見て、そのままを愛されたい。
条件付の愛情ではなく、まっすぐな私の為だけに向けられた愛が欲しい。
そういった想いが次から次へと押し寄せました。
口から嗚咽がもれ、体中を震わせながら私は泣きました。
30分ほどは、そうしていたかもしれません。
最初の3分は、100%感情のままに。
徐々に思考も動き出し、最後には私の記憶のどの部分が真実で
どの部分が妄想だったのかが見えてきました。
授業でセラピーを受け、カウンセリングしてもらったときは
あっと言う間にたどり着いたものですが、
ここまで一人で掘り下げるのはとてもしんどいことでした。
あまりにしんどいので途中で投げ出して
代わりに誰かを呼び出して泣き付きたい気持ちになりましたが
そんなことをしてもどうにもならないことは分かっていました。
自分の感情を感じることができるのは私だけだからです。
なんとか、自分なりの根に近い部分への掘り下げができたことで
気持ちはずいぶんと楽になりました。
ただ、実際に今、気付いてしまった「もう嫌」という感情は
意図的に手放してあげないと、またグルグルと私の中を巡ってしまいます。
そこで、授業の中で習った、不要な感情の手放し方を実践してみました。
(そのやり方を知りたい方はセラピーを受けていただく際にご説明しますね。)
細かい説明は省きますが、とにかく究極にドロドロして地面にめり込むほど重く、
激しく巨大な塊を、私の中からなんとかギリギリ押し出すことができました。
そして、最後に押し出した塊が私の意識より外の「海」へ落ちたとき、
たくさんのしぶきがキラキラと光りながら舞い、私を包みました。
一粒一粒の水滴に、
カナダで同じLANIセラピーを学んだ学友たちの顔が映って見えたのです。
そう、私はしばらく、まるで一人きりで
セラピーをしているような気持ちになっていたのですね。
そして、孤独感や焦燥感を持ち始めていたのに
「私は大丈夫」「私は楽しくやっている」と思い込ませようとしていました。
だからきっと、怒りや悲しみを感じさせる強烈なできごとがあったのですね。
私たち人間は、それぞれが一人きりだけれど、
決して、一人きりで生きているわけではありません。
常に様々にサポートされているものです。
私は今回の怒りの爆発によって、そのサポートを強く感じることができました。
サボってはいけないなぁ。 感じること。
実際に、怒りを感じる前にストレートで悲しみを感じていたころと
しっかり怒りを感じたあとの悲しみを比べると、その深みが違います。
(怒りに包まれた悲しみの場合のみ。)
今まで自分ひとりでのセルフケアでは辿り着けなかったところにタッチできました。
怒りも、大切な感情だと、あらためて実感することができました☆
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