友人からのメールマガジンに、ダライラマが語った執着と怒りについて書かれていて共感したので、今日はそのお裾分けを。
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ダライラマの話、
まず、「執着」は、必要な条件を整えようという心の動きだと語る。
そして、「怒り」は、逆境を取り除きたいという心の動きだと語る。
つまり、その動きは、もともと煩悩でも、無知でも、我執でも、無明でも
なく、心の創造的な働きであることを否定しないことに注目したい。
では、どうして、「執着」になり、「怒り」になるのか、
という説明が興味深かった。
心の作用から、説明した。
対象物が、魅力ないもの、嫌悪感を起こすものだとしても、
「怒り」を覚えるほどのものではないのに、
自分の心の働きによって、90%生み出している。
対象物が、すばらしいものも同じで、
自分の心の働きによって、90%生み出している。
だから、「執着」が生まれる。
誇張してとらえてしまう。
これが、心の間違い。
この心の作用によって、
あるがままに見ることを妨げている。
つまり「無明」になっている。
必要な条件を整えようという心の動き、
そして、逆境を取り除きたいという心の動き。
それが、心の作用によって、
誇張して捉えることによって、90%は自分が生み出したものになって
「無明」の状態、あるがままにみることを妨げている。
とわかりやすく説明している。
「無明」とは、ものを実体視することにある。
認識対象に自性があるという誤った考えが、「無知の心」。
因果の法に偽りがないこと。
つまり、縁起から生まれたもので、認識対象に、自性がないこと。
文章では、わかりにくいかもしれないが、
わかりやすい説明だ。
(COSMIC DIARY NEWS ■ vol.57 2007.1.1.より)
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これ以降は少し長くなるので省きますが、本当に、心の作用によって誇張してしまうのが私たち人間なのですよね。
私たちの心の作用が、本来のものを10倍近く誇張しているとしたら、あるものをあるままに見るのは至難の技です。
魂が想念の中に苦しく埋もれてしまうのも当然ですよね。
魂を感じるためにも、今日も心に愛を入れて、誇張された想いを溶かしていきましょうね。
今日も心と魂に愛を送ってくださいね。
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