現実はフシギです。
わたしは肉体という物質を持って
物質に囲まれ生きていて
それを現実というのに
現実を物質的な方法で
変えようとするほど
現実はさほど変わらない。
ということになるんです。
おかしいですよねぇ
物質で物質をなんとかしようと
するのは当たり前のように
思うのに。
一方で
目に見える現実を生きていると
目に見えないものを感じることも
よくあります。
気持ち 感情 というものもあれば、
そんな"色"のついてない
綿毛のように軽い「あ」という
カンカク。
「あ。」のほかにも
「ん?」とか
「ん〜」とか
言葉にならず
音だけで表現しちゃうようななにか。
そのよくわからない
目に見えないものを大切に拾っていくと
それまで重たくて動きそうになかった
現実というやつが
いとも簡単に動き出すんです。
フシギです。
現実という舞台は
客席から見えない「うら」で
動くもののようです。
舞台のうらって
ゴチャゴチャしていそうです。
いろんなひとや
いろんなものが用意されていたり
置かれていたり
暗くてよく見えないけど
大切なものがたくさんある
こころの目を頼りに、、
いま、手にしたい。
と思うものを選んでいけば
本当に作りたかった舞台が
できあがっていくんですね。
これが本当に、フシギです。
一見、まったくちがう、
目的地へのなんの繋がりもないように
見えても、、
「うら」では繋がっていくんです...
なのでいまわたしは、
お気に入りのカフェで
過ごしています😁💓

