こちらを書いて、

さらに書きたくなったこと、、

書いていきます😊



 

 

信じるもの

信じること

なにを信じるか

 

 

っていうことが現実を

作っていくんだなぁと

改めて思うこのごろなのですが

 

 

・

・


好きなことをしていて

お金は回るのか回らないのか

収入はつづくのかつづかないのか

 

このまま様子を見ていて

熱は下がるのか下がらないのか

症状は消えるのか消えないのか

病気は治るのか治らないのか

病院には行かなければいけないのか

行かなくてもいいのか

 

・

・

 

↑わたしのよく考えてた2大トピック

 お金と健康♡

 


 

ここに挙げた項目、

ふつうに考えると、

「回らない、つづかない、下がらない

消えない、治らない、行かなければいけない」

 

と考えることが多いと思うんですが

いかがでしょうか。

 

 

こう考えて、

やっぱり好きなことばかりではなく

お金を稼いだり貯めたりするための

努力をしたりなにか方法を追加したり

するべきだと動いたり

 

 

熱は下がらないかもしれない

治らないかもしれないから

病院へ行こうと動いたり

 

 

することが多いのではないかと

思います。

 

 

 

これらの行動を否定するつもりは

まったくないのですが。

 

 

ただ、

こう考え動く、ということは

 

「自分がきげんよく生活するだけではダメ」

「病気は病院でなければ治らない」

「症状があるのはダメなこと」

 

などなど

 

こんな感じのことを信じているから

なんですよね。

 

 

どんなに情報を得ても

信じるものがこれだと、

ずっと

 

「自分がきげんよく生活するだけではダメ」

「病気は病院でなければ治らない」

「症状があるのはダメなこと」

 

のままなわけですね。

 

 

すると、

働くことを含めた生活することが

たのしくなくなるし

病気や症状が出ることを

こわがることになって

「病気にならない選択」ばかりして

「たのしい選択」をしなくなっていきますね。

 

 

こうして、重たくなっていくんですよね。

こころとからだが。

 

それを年齢のせいにするのは

勘違いなのだと思うんです。

 

 

もちろん、年を重ねていけば

それなりに衰えるものはあるはずですが

そうじゃないことも大いにあると思うわたしです。

 

 



 

 

わたしにとって

ハッとしたできごとを紹介します♪

 

 

ある日、こどもが熱を出して

家で過ごしていたとき

まだ2回目くらいの発熱体験で

わたし自身不安でした。

 

 

だいじょうぶかな?

この小さなからだで熱って

どのくらい耐えられるんだろう。と。

 

 

で、人生大先輩の知人にそのときの状況を

伝えて、できる対処を教えてもらったり

していました。

 

 

そのとき、LINEの最後に

 

「からだのことをどこまで

信じきれるかだね。

お金のことも一緒だね。」

 

ともらい、ハッとしました。

 

 

お金については、

なんとなく、信じるしかない。

と思うようにはなっていましたが

体の力については、

そんなふうに考えたことがなかったんです。

 

 

自分の体なら、

自分の責任のもと熱でも痛みでも

耐えたり、できるけど

こどもの体となると

まだ本人が言葉で伝えられないし

こどもの感覚をわかってあげることも

できないので

いつも不安がつきまとっていました。

 

 

かといって病院へ行く方がこわいな

という感覚のほうが少し上回っていたのですが。

 

 

 

 

体調のことも、お金のことも、

そのほかのことだって、

「これをすれば絶対大丈夫!」

という保証というものはどこにもなくて

 

 

科学だってエビデンスだって

結局はどこのだれが言い出したものかも

わからないものであり。

自分の目で見る、耳で聞ける確証とは

ないもの。

 


 

だから、「なにを信じるか」しかない


のがこの世のほんとだと思うんです。

 


 

それが、「こわい方」を信じる人が

多いこと。。!

かくいうわたしもそうでした。

 

 

だから、不安を抱えるひとの

気持ちもわかります。

 

 

みんながそうしているから、、

よく言われることだから、、

 

 

という幻想的な考えから

離れるのがこわいんですよね。

「みんな」というのが保険みたいになってるというか


 

でもこれ、自然にそうなってる

わけじゃないんです。

 

 

意図して、不安を抱えるように

導かれているんです。

ずっと昔から。

だからそれがフツウだと思うけど、、

 

ふつうじゃないんです。

 

 

よく薬に頼らないとか

病院いかないとか

無農薬野菜買うとか

そういう人を自然派とか、

ママなら自然派ママって言われるんですが

 

 

人工派って言わないですよね 笑

 

 

わたしはいわゆる自然派に

該当しそうですが

わたしのようなものからすると

自然派って、ふつうです。

なるべく化学的なものより

加工のすくない自然に近いものを

選ぶことって自然(ふつう)だと思います。

 

 

むしろ、

咳がでる、鼻水がでるだけで

病院へいって薬を飲んで止める

っていう方が特殊に見えます。

 

 

それを人工派、化学派と呼びたいくらい。

 

 

ケンカ売ってるわけじゃないですよ😂💓

 

 

自然派ってバカにされる風潮も

ときどきあるようなので、

視点が変われば見え方もちがうんだよなぁ

というつぶやきです。。😂


「自然派ってバカにされる風潮」

これも作られているんですけどね。


 

 

咳も鼻水も、いらないものを

出そうとする働きなので、

出ているから止めなきゃじゃなくて

出ているなら、よかったね♪

なんです💓

 

 

うちでは、咳も鼻水も出せ出せ〜

と言って応援しています。

 

熱も一緒です。

出せ出せ〜♪ です。

体さんがんばってるね!

たおともがんばってるー!

です☺️

 

 

じゃあぜったいに、なにがなんでも

病院は行かないんですね?!

と問われたら、

わからないです。と答えます。

 

 

先のことはわかりません。

スタンスとしては、

体の力を大切に、症状は出し切る。

なので基本いきませんが、

保育園で書類が必要なときは行きますが。

 

 

なんかその、、

 

 

病院にいくか、いかないか、

薬を使うか、使わないか、

好きなことだけしていていいのか、

よくないのか、

 

 

というような議論

(頭の中での思考との議論も含む)

 

って、

 

「この先、大変なことがあるかもしれない」

「人生はあまくない」

 

と信じているか

 

「大丈夫。わたしはわたしでいい。」

「すべて必要なものは用意されていて

必ず対処していけるしうまくまわっていく」

 

と信じているかで

 

答えは180度ちがうんです。

 

 

重たく考えることが常なのか

軽く考えることが常なのか

 

 

進む先がちがうの

わかりますよね!💓

 

 

人生というものに対して

お金や健康やコミュニケーション

などに対して

どんなイメージを、感覚を

感じているか、よく見て、

重たいところは気づいていくことで

軽くなっていきます♪

 

 

 

なにを信じるか。

なんだなぁ🥰



信じるための

または、信じるものを変えるための

情報を得ることもおなじく大事ですね!



世の中の99%の情報はフェイクだそうです😳



どうやって見分けるの!

って感じですが、、、



近々おすすめの本を紹介します!




ある人のことも紹介したいのですが、

わたしと面識があり興味がある方には

ぜひ紹介したいと思っています♪

ブログには書けませんことあしからずです🙇‍♀️




このあたりの記事もぜひどうぞ♡





今日のおやつはマドレーヌでした♡

 

 


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