★近ごろ、substackというSNSに引っ越しをしています。でもせっかくなので、こちらにも投稿記事をコピー投稿させていただこうと思います★

一応、リンクはこちら↓

 

 

 

どうにも集中力がない人間です。

脳内とっちらかるタイプで、一日単位にしても、長期的にも、

計画を立てるのも苦手だし、

立てた計画に従うのも苦手。

いわゆる「思考がうるさい人」とも分析されるが、

ひとつのものや事柄から受け取る情報量が多すぎたり、

そこから、思考が追い付けないスピードで

いろんな脳内データに勝手にアクセスしちゃって、

脳が追い付かなくて途方に暮れていたりするんだというのが、

最近の自分の見解です。

 

ADHD的な気質でもあるのでしょう(診断は受けていません)。

なにかしていてもすぐ脱線します。

片付けているつもりが、かえって散らかしてしまう、みたいな。

この自作曲の中にも、そんな描写をちょこっと忍ばせていたりします。

 

 

 

 

混乱して 頭ぐるぐるして 途方に暮れて立ち尽くす

なんでだろう 泣きたくなるのは

「まずは靴下でも履くか」

そう思えたら やっとホッとする

頭ばかりが満タンに忙しい

 

オヤツはどんなの どれだけ買おうか

まずはお財布 お金を足さなきゃ

じゃあATM

でも途中の美容院で 髪切ろうか

スケジュール帳どこ? 予約の電話しなきゃ

ATMって何時まで?

今日もアトリエ

まずはパソコン

次々浮かぶアイデアは 今日も宙に浮いたまま

形にできないもどかしさに ただ日々負が積もる

 

でね、

昨年にとある方の、とある鑑定を受けたときに、

「思考でいっぱいですね」みたいなことを言われました。

「それがしんどいの?」と聞かれたので、

目的行動から脱線して、そちらに夢中になってしまって、

本来やるべきことができないまま、

あー、今日も結局なんにも進まなかったなと思うとしんどいと答えました。

「脱線するのかぁ。その、脱線してやってること自体は楽しくないの?」

え!?、、、、、いや。楽しいです。

「じゃあ、問題じゃなくないですか?」

あ、そうか。確かに。

  

結構な衝撃でした。

もうこの脱線が嫌で嫌で仕方なかったのですから。

そんな考え方があるのかと、これ以降、脱線がかなり苦ではなくなりました。

   

まあ、これはこれでヨシです。

昨日のことに話が変わります。

  

やらなきゃいけないことがあります。

でも全然手をつけられずにいます。

そして別のことがやりたくなっています。

決して今じゃなくてもいいことです。

現実逃避かなとも思います。

  

本来やるべきことができていないことへの自責と、

自責ゆえに、やりたくなっている別のことすらできていない現状に、

ダブルで静かなダメージをくらっています。

夕方になって、急に鬱々しはじめた、その理由が全くわからなかったのですが、

このあたり、ちょっと原因かもという気がしている今です。

   

「そんなことやってる場合じゃない」

  

ごもっともです。

けど、それはつまり、「今やりたいこと」なのですよね?

(当たり前のこと言ってますね)

例え現実逃避だったとしてもです。

自分の中の『脱線禁止令』によって、

やりたいことはやれないわ、

やるべきことはそもそも手つけられないわ。。。という。

そりゃ鬱々ともなりますよね。

 

あー、そういえば、

ここ数日、いろんな『禁止令』がすごく出て来ていて、

スーパーで買い物してても、

「そんな体によくないもの食べちゃダメ」

「もっとバランスよく食べなきゃダメ」

という指令ゆえに、もう何食べていいやらわからなくなって、

店内をトボトボと何周も何周も歩いていたりしてたな。

  

「ダメ!!」と禁止することは、確かに自分を守ることではあるけれど、

その、ダメなことが、つまり本音なんだね。

なんてことを、今朝がた思いましたとさ。

  

なんか、整った考察は書けなくて、

思うこと気づいたことの生中継みたいな投稿になりますが、

またよかったら覗きにきてくださいね。

お読みくださり、ありがとうございます。

 

アメブロをはじめたのは2014年8月18日。アメーバピグというアバターを使いはじめたのはその前日でした。


それから1年ほど経ったころ、そこでとても仲良くなった、とある方と、そのいわゆる仮想空間の中で毎日お喋りしたり毎日遊んだりしていました。


仕事やプライベートでも、いろいろとキツかった、そんな時代でした。

アメーバピグのサービスが終了し、すっかり連絡も途絶えて、毎年お誕生日におめでとうLINEをするばかり。


その日だけ、ある程度の近況報告をして終わるというのが何年も続いたのですが、

今年は珍しく、何時間にも渡ってLINE。

ゆっくりじっくりお話できたのは何年ぶりだったか。


その話の中で、随分と精力的に活動してるねと言われてビックリ!!

実は陰でずっと見ててくれてたって。

交流が途絶えてもう何年経つかわからないのに。

ありがたくて泣きました。


離れていても、声も顔も知らなくても、364日は音信不通でも、それでも静かに繋がっていたことを実感したのでした。


SNSなんて怖くてできないと思っていた時代。その入り口となったアメーバピグ。そして、リアルではないのに、こんなにも心開けられる世界があるのかと。


今の私にはなくてはならない世界への第一歩となった時間のことも織り交ぜて、歌詞にしてみました。


🌿 🌿 🌿


2026.4.4(土)作成

作詞:ソラ

作曲:SUNO AI


【エンドロールのあとに】


仕事が終わって

家事を終えて

ブログを書いたら

いつもの場所へ


落ち着くお部屋

畳にちゃぶ台

ハチワレ猫が

お出迎え


ほどなく集まる

いつもの仲間

お着替え お出かけ

猫談義


留守のお部屋に

こっそりプレゼント

畑にお花に

お水のお手伝い


怖いとおもってた ネットの世界

「はじめまして、こんにちは」

震えながら話しかけた

初期装備のアバターで


現実世界は

赤字の店舗で

パワハラ 残業

お惣菜しか食べれない毎日


突然現れた

息絶え絶えの子猫に

右往左往したあの日も

全部話しを聞いてくれたね


少しずつ

会える日が少なくなって

きっとそれぞれに

ほんとの生活があって


しばらく経ったある日

世界は消えた

全部全部

跡形もなく


出逢いから何年

過ぎたでしょう

誕生日にだけ

送るメッセージ


反応ないかな?

すぐ会話が終わるかな?

それでもいい

「おめでとう」


「いろんな思いが

あったんだね

実はこっそり

見ていたよ」って


ひとつひとつの言葉が

長い月日と

少しずつ感じていた

孤独を埋め尽くす


ご縁があれば

また繋がるなんて

そんな簡単に

奇跡は起きなかったけど


素直ってどんなか

わかりはじめた

今このとき

起こりはじめる


涙出るような奇跡が

今 めぐりはじめる














今の自分を置いてみた


懐かしさに胸がキュッとなる^ ^

【2026.1.21(水)インスタストーリーズ記録】

おはよう☀️

視線を感じる


朝ご飯

これでも最近にしてはちゃんとしてる


背伸びの子、昨日より安定してる


薔薇がそろそろ限界かな?


卒業組

葉っぱは明日の朝までかも


オーダー画とは別件で

しかしものすごく日が差し迫ってる分の下準備

アクリル絵の具2度目にして

キャンバスには下地処理が必要だということを知る

どんだけ無知なんだ!?


昨日投稿したイベントの感想


世界一ゆるいメンターらんらん『誕生日占い&らんらん占い』


おやつをよこせというので

夕方にちゅーるタイム


ルナちゃんにお供えしたものをいただきました


久しぶりに同じお皿を3枚洗いながら

なんて幸せだったんだろうとジンとした

まだ1ヶ月も経ってないんだな😳


最後の取っ組み合いを振り返る


夜ご飯

餃子、麻婆豆腐、わかめスープ


過去作品

順不同で1日投稿を目指しています


今夜はここまで

あと一歩💦


振り向けば猫

相変わらず😅


葉っぱのお仲間さんイラスト



🐱 🌿 🐱 🌿 🐱

【2026.1.21(水)音声配信文字起こし】

昨日、はじめて

AIで作った曲を投稿してみました。


もともとは、ただ「聴きたい曲があって」入れたアプリでした。

自分で曲を作るつもりなんて、まったくなく。

でも「キーワードをいくつか入れるだけで作れる」という案内を見て、

試しに ソテツの歌 を作ってみたのが始まり。


使い方もよくわからないまま。ポチポチ触っていたら、男性ボーカルの曲がいくつか出てきて、

「できれば女性の声がいいな」と条件を変えてみたりして。


歌詞もAI任せなので、いいなと思うところと、ここはちょっと違うというところが半々くらい。

それでも不思議と耳なじみがよく、結局どれも消せずに残ったままになっています。


翌日、ふと「せっかくなら、もっと自分が納得できるものを作ってみたい」という気持ちが湧いてきました。


じゃあ、何についての歌が作りたいんだろう。うーん、、、ルナちゃん?しかしそれもなんだか違う気がして。

今の自分の感覚にいちばん近かったのは、

やっぱり 植物 のことでした。


子どもの頃から、ずっとそばにあった存在。

公園で、庭で、当たり前のように見てきた葉っぱや木々。

好きではあったけれど、

「育てる」とか「関わる」というところからは、

どこか距離を置いていた気がします。


それが、ここ1〜2年の流れの中で、

葉っぱのコラボライブや、植物の学びを通して、少しずつほどけていきました。

動かないように見えていただけで、実はものすごく働いていて、ちゃんと“意思”のようなものを持っている世界。


好きって思うだけでいい。責任を背負わなくても、関わっていい。

そんな感覚にたどり着いた、そんな物語。


完璧な歌詞を書こうと気合を入れず、思いつく言葉を少しずつスマホのメモに入れていくうち、不思議とぽんぽん言葉がつながって。

それをアプリに入れてみたら、頭の中でぼんやり思い描いていた音と、ほとんどズレなく出来上がりました!


正直、こんなことやってる場合じゃないんだけど。

絵を描こうにも、まったく手が進まず。

しかしこの作業のあとは不思議なくらい気持ちがすっきりして、一気に絵の方も進みました。


遠回りに見えること。遊びみたいに見えること。

でも、自分が「今やりたい」と感じたことを優先すると、流れが動き出すこともあるんだなと、あらためて感じました。


AIを使って何かを作ることについて思うこともまた話したいと思います。