
まずはお詫び。
私の観ている場所が
舞台の曳山から離れていたので
写真や動画があらいです![]()
第2話

250年の歴史小松子供歌舞伎
こまつ観光ナビ参照
子供歌舞伎の上演時間は
前記事の勧進帳が50分。(3日で6上演)
この土屋主税が55分。(こちらは3日で7上演)
この2つの上演の前に
司会の方より案内がありました。
こんなような内容だったと思います。
「なにぶんにも小学生です。
もしかしたら途中で演技が止まってしまったり
時には泣いてしまうこともあるかもしれません。
どうかあたたかく見守って下さい。
そして、《ここが良いな》ってところがありましたら大きな声でよーっ!っと
よろしくお願いします。」
はい![]()
よーっ!ですね![]()

前記事では
義経・弁慶の勧進帳でしたが
今回記事では
赤穂浪士の討ち入りにまつわる
忠臣蔵のサイドストーリーを。
2.芸題「玩辞楼十二曲の内 義士外伝 土屋主税(がんじろうじゅうにきょくのうち ぎしがいでん つちやちから)」
miitan流《あらすじ》
吉良邸討ち入り前日。
赤穂浪士の1人大高源吾は
俳句の師匠である宝井其角の家を訪れた。
討ち入りの計画は口外厳禁のため
大高源吾は討ち入りするという本心は打ち明けられず
「西国の大名に召し抱えられた」と嘘をつき
別れを告げる。
そこに、やってきた其角の弟子である落合重蔵は
大高源吾が仕官することをきくと
「討ち入りはできないのか!情けない!」と
大激怒し足蹴にする。
大高源吾は、罵られたまま帰ろうとするが
俳句の師匠である其角はこのままでは心残り、と
上の句を詠みかける。
「年の瀬や 水の流れも 人の身も」
それに対して大高源吾は
「明日待たるる その宝船」
と下の句を詠み返し 師匠宅を後にした。
場は変わり
吉良邸隣の土屋邸。
師匠の其角は、土屋の腰元のお園(大高源吾の妹 写真左上)の
暇が欲しいと願い出る。
訳を問う土屋に、先ほどの経緯を語る。
この時代は
「仇討ちのために討ち入りすることもなく
士官に、とはなんたる情けない」という風潮なので
其角も、また大高源吾の妹であるお園も
「情けない、情けない」と嘆く。
妹であるお園に至っては 兄を情けないと思い
自害を図ろうとする。
ただ、1人 土屋は
大高源吾の詠んだ句
「明日待たるる その宝船」で
討ち入りするのだと、その真意に気づく。
大高源吾の妹さんが嘆き…からの場面
ちょうどその時に陣太鼓が鳴り響き
一同は
赤穂浪士が討ち入りに入ったことを知る。
討ち入りを果たしたことを知り喜びに沸く土屋邸へ
大高源吾が主君の無念を晴らした報告に訪れる。
其角の弟子である落合重蔵(写真中央)が
大高に、先ほどの無礼を詫びる。
お互いに気持ちをわかり合い、尊重し合う。
大高は、其角やお園に今生の別れを告げ
浅野家の菩提寺へと立ち去る。
その大高を見届け
土屋は浅野公への思いを馳せるのであった。
ここで舞台はおわります

見得を切る
歌舞伎における「見得(みえ)を切る」とは
役者が感情がたかぶった場面で
一時的に動きを止め
特別なポーズや表情で
観客の注目を集めること
よーっ!!![]()
よーーっ!![]()
よーっ!![]()
あちこちから 声がかかる!
もちろん私も
よーっ!
応援してみましたよ![]()

子どもたちのがんばり
上演約1時間。
その間、ずっとセリフのある子どもたち。
まだ小学生だというのに
そのすばらしき記憶力、
ひとを惹きつける演技力、
そして 一番すごいのはその度胸!
『歌舞伎のまち』で育ち
子供時代に 歌舞伎と出会い
この250年続いた
子ども歌舞伎の世界を
伝承していく
この子どもの頃の経験は
また未来に羽ばたく大きな財産となり
その歌舞伎を各方面から支えていくのだろう

次回、これからは
《お旅まつり》シリーズ
前記事①と 今回②で
【1】曳山で子供達が熱演する子供歌舞伎
次回からは
【2】ライトアップされた
黄金の曳山 8基曳き揃え
写真も多くあるので
どのように整理していくか…はまだ未定ですが
夕暮れの憂いのある曳山
夜の顔 美しい黄金の曳山
それらに
ひとの心をのせて
お届けできればいいなぁ
と思っています。
次回から一層
写真や言葉で 私が感じたこと
強く伝えたいことを伝えていきたいと思っています。
できれば…とは申しません。
是非とも![]()
ご覧ください![]()
今回もおつきあいいただいて
ありがとうございます!!!!!
( ^^)人(^^ )
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感想、要望、おしゃべりなど自由に使ってね
( ^^)人(^^ )









