田植えシーズン。
あちらこちらで
田植えが行われています。
「あぁ。田植えの時期なんだなぁ。」
《田植え》をしたことがない私は
きれいに植えられた田を見かけると
季節の『なにげない風景』だと
捉えていたように…思います。
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コロナ禍になり
ウォーキングを始めました。
いつものコースに飽き
時には車で移動して
目新しいコースを歩いたりもしました。
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そんな折に
ちょうど《田植え》をしている
多くの年老いたおじいさんおばあさんを見かけました。
年齢は…いくつくらいでしょうか?
年齢はわからないとしても
高齢であることは間違いありません。
数日間歩いたそのコースで見た
おじいさん、おばあさんは
周りの草を刈り
田を耕し
苗を植える
毎日のように 田に 力を注ぐ
体は疲れていないかな?
大丈夫かな?
今までは
ゆっくり目にとめることもなかった『米の作り手』を間近で見て
衝撃をうけました。
こんな風に
体力が続く限り…
いや…無理をして
力を使ってくれる人がいるおかげで
お米は育ち
収穫され
私たちが食すことができるのだと。
私の食べているお米は
親戚の方が作ってくれている
とてもとても美味しいお米です。
母が 幼い私たちによく言っていた。
「(作り手は)
お米一粒でも大切に拾って
無駄にしてないのだから
私たちも大切に食べようね。
その思いをもって
一粒を大切に食べようね。」と。
幼い頃からきくその言葉は
私にとって強烈だったから
私はご飯を食べる時
今でも毎回
母のその言葉が思い出される。
でも
今回 田に携わる人たちの
(ほんの一部分ではあるが)
興味深く見ることで
今までの私は
『言葉として』捉えていたのだと気づき、ハッとしました。
米の作り手の
こういう苦労があってこそ
私たちは米を口にすることができる。
年老いたおじいさんの
その後ろ姿に
ありがたい気持ちでいっぱいになりました。
なにげなく見ていたであろう風景が
極上の風景になった


