父の死を迎える病室での夜
みんなを引き寄せたね。
すごいと思った。
2日間ほど母は病院に泊まり
父の容態も少し落ち着いたから
一旦 家に帰ってきた母。
その夜 8時30分呼び出しがあり
病院に向かう。
母とわたし
兄の家族が到着。
次によしみ(孫)が 仕事帰りに病室へきた。
呼吸もどんどん浅くなっていったけど
それでも さほど苦しむ様子もなかった。
姉の旦那は
大阪に単身赴任中
それぞれ孫たちも
大きくなったから、バイトや部活で
夜遅くまで忙しくしている。
連絡だけはしていたけど
終わるまでは気付かない。
入院してから、
1ヶ月半…それぞれが
会いに行っていたから
全員が揃わなくてもいいと
思っていたし
延命治療もしないでほしいと
伝えていたし
苦しまずに
自然に死を迎えることだけを
願っていたから
お父さんが自分で
最期を決めてほしかったから
全員が揃わなくてもいいと
思っていた。
途中 無呼吸状態になった
そのときばかりは
「あともう少しがんばれる?
○○がまだ来てないよ~~。」
って 声をかけていた。
その後 姉が到着。
そしたら、姉が義兄も
もうすぐ博多に着くと言う。
偶然にも
文化の日に合わせて
休みを取って 帰福しているらしい。
博多到着時間は午後10時30分。
そんな話をしていたら
続々 孫たちも揃いだし
学生の娘は タクシーに乗るお金も
持ってないと 電車乗り継ぎ
その後はダッシュだったらしい。
(途中で連絡すればいいのに…と思ったけど
必死だったんだろう。)
そして、義兄も博多から病院へ直行
最後の孫も
11時30分に到着した。
その間 2回無呼吸状態があったけど
また、取り戻す。
手も足も少しずつ 冷たくなっていく。
お父さん!
みんなそろったよ。
孫もみーんな揃いましたよ。
みんな仲良くやるから安心してくださいね。
と 母が話しかけたら
少し涙を浮かべていたように
みえた。
寂しがり屋の父。
小さいころ病気がちで
3年も進級を遅らせている。
なんとなく
寂しくって かまって欲しかったんだろうな。
いつも家で みんなの元気な声を聞くのが
嬉しくて…
我が家にも
いつも会社の人や
親戚の人たちが集まって
賑わっていたもんな~~
自分が外へ行く不安より
家に招く方が安心できたのかもしれないな。
だから
みんなが揃うのを待ってたんだろうね。
病室には
母と子供3人 義兄 義姉
そして孫7人
全員が父のベッドを囲んで
父は息をひきとった。
書道が好きだった父が
病室で書いた最後の文字
涙がどんどん溢れました。
ほんとうに
穏やかで 美しい顔でした。
ありがとうございました。

