音 | Sleepy Scholar's Diary

Sleepy Scholar's Diary

冬眠が好きな傾向は一生続く模様だが、一応、起きて
いる時には世界にも色々反応を示していきたいもの。

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今日は久々に涼しく、窓を全開にしている。
すると、近所の家から誰かがピアノを練習する
音が聞こえてくる。あまり上手とは言えないが、
それでもピアノ好きの私には心地良い音色だ。
それに加えて、こおろぎや鈴虫の鳴き声も聞こえる。
以前のマンションでは、空気が汚くて窓を開ける
ことが出来ず、また、近くに草木が生えていなかった
ため、虫や鳥の声とは無縁の生活を送っていた。
今年の秋は何だか嬉しい。

だが、心地良い音ばかりが耳に届くわけでもない。
我が家のベランダは大きい道路に面していないが、
幹線道路が近いため、そこから聞こえるバイクや
救急車の音は絶えず聞こえてくる。また、下の
路地を通る人々の話も聞きたくもないのに、確実に
私の耳に入ってくる。

この夏訪れたマウイの友人の家周辺では、音が
あってないような不思議な空間が広がっていた。
もちろん、音は存在するのだが、ほとんどの
音が人工的なものではなく、「息づくもの」の
音だった。

風がド~ッと丘をかけぬける音、それに伴って
木々がサラサラという音、家畜や野生の鳥たちの声、
海岸に打ち寄せる波の音、雨が地面に落ちる音、
などなど。

もちろん、車のエンジン音など人間が出す
人工的な音もあるのだが、割合として、非常に
少ない環境にある。

友人の家にはコンピュータはあるが、テレビも
ラジオもないため、家の中でもまさに「し~ん」と
した時間が多かった。私も実は現在、家でテレビを
利用していないため、テレビがないのは平気だったが、
ラジオがないのは寂しく思ったものだ。しかし、
山の向こう側にアンテナがあるため、ラジオの
音がほとんど入らないという。カーラジオもなく、
音楽からも遠のいていた約1週間。

友人の両親は、彼女を訪ねて中国からやってきた
時に、家の静けさ故に幾晩もぐっすりと眠れなかった
という。中国の都会の喧騒とのギャップが大きかった
のであろう。私は音のないほうが眠れるので、
非常に有難かったが。

自然の音だけに包まれていると、人同士でも
大声で話すことを憚られるような気持ちになる。
私と友人もハイキングの途中で、何度か自然に
ヒソヒソ声で話し始めた時があったが、音のない
ような「音の世界」に存在することが出来た
ことに至福の思いを抱いた。

普段は、テレビは見ずとも、ラジオをかけながら
何かの作業をし、iPodで絶えず何かを聞き、
音楽がなくても都会の騒音に包まれて、何らかの
音に触れた生活を送っている。しかし、時には
不必要な音に囲まれずに生きることも大切だと
思う。精神的に落ち着くし、耳から無理矢理に
入ってくるのではない、耳を澄まさないと
聞こえない純粋な音を聞こうとすることで、
私たちの感覚はもっと研ぎ澄まされるのでは
ないだろうか。

都市に住む者としては、なかなか不必要な音から
解き放たれることは難しいが、外からの騒音の少ない
時間には、自分でわざわざ音を探し求めてラジオや
コンピュータに耳を傾けるのではなく、静寂を
もっと楽しんでいきたいと思う。