映画に関する記事が続くが、今日は2005年に撮られた
『ヒトラー 最後の12日間 』を見た。
ベルリン陥落直前のヒトラーと、その周囲でヒトラーに忠誠を
尽くした人々の最後の生き様を描いた映画だ。ヒトラーの
人間味溢れる面も強調したという点で、問題をかもした一本だが、
私個人としては、ヒトラー自身より、周囲の人々の動きのほうが
心に残っている。
降伏することは考えられないとするヒトラー自身は、陥落の
数日前に結婚したエヴァとともに自害するのだが、周囲の者たちは、
ヒトラーが命を絶った後、生き残るか、自決するかの選択に
せまられる。爆撃を受ける中、統率者を失った人々の、ある者は
終戦を迎える前に自殺を選び、ある者は終戦時に自殺する。
そして、残りの者は生き延びることを選ぶ。
「生か死か」を選ぶ者たちに、どちらが正しく、どちらが間違って
いる、と我々が断定することは出来ない。神のみぞ知る、である。
だが、生を選ぶ者と死を選ぶ者の両者の違いはどのような
ところから生まれるのだろう?映画を見ながら、私はずっとこの
ことを問い続けていた。自分だったらどうするだろう?
映画を見終わった今も、答えは出てはこない。その場にならないと
分からない、というのが本音だ。しかし、ナチスが人類の歴史上で
汚点となっていることを考える時、それを他人事としてはならない
のは当然のことである。同じ過ちを繰り返さないためにも、
ヒトラーのために死を選び、ヒトラーのために働いたが、死を選ぶ
ことはしなかった人々の、それぞれの選択について思いをめぐらす
ことは必要なのではないかと感じる。
