7月4日 | Sleepy Scholar's Diary

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冬眠が好きな傾向は一生続く模様だが、一応、起きて
いる時には世界にも色々反応を示していきたいもの。

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今日もブログ更新をさぼろうと思っていたが、カレンダーをよく

見ると、7月4日ではないか!アメリカでは独立記念日だ!打ち上げ花火

別にアメリカ人でもないのでそんなに騒ぐ必要はないのだが、

忘れもしない2000年の7月4日。私は心の病気から立ち直る契機を、

アメリカで独立記念日を祝う花火を見ながら与えられたのだった。


今から考えると、まだまだ鬱々気分が多いあの頃の私だったが、

紆余曲折を経て、勢いでアメリカの大学のサマースクールに

参加することになった。正直言って、あの状態でどうやって、

2ヶ月近くも見知らぬ土地で過ごせたのか分からないが、毎日の

ように(感動の涙も含めて)何かしら泣いていたのは覚えている。

そして、友人や先生やお医者さんや色々な人にお世話になった

のも覚えている。たった一人だったら、さっさと日本に戻ってきて

いたに違いない。


で、7月4日の花火なのだが、これが淀川の花火やPLの花火

(大阪ネタですみません。)など比にならぬほど。。。チャチ(爆)。

美しくなかった。どこでも良いから打ち上げればよいというもの

ではないのに、煙が残っている所でも、色具合の悪い所でも、

どこにでも上げられていた。さすがはアメリカ的美感覚。


だが、私は幸いにして、音楽の感覚では鋭い地に滞在していた。

少し前まで、小沢征爾が常任指揮者だったボストン交響楽団 や、

日本にもよく来るボストンポップスなどの有名楽団を有する

ボストン 近くの大学をたまたま選んでいた。そして、ボストンと

私のいた大学街をはさむチャールズ・リバー沿いで花火が

打ち上げられていたわけだが、何とボストン・ポップスの生演奏と

花火が競演する形となっていたのだ。これには本当に感動した。

どんなに花火が貧弱でも、音楽と一緒に打ち上げられるたびに

聞こえる人々の歓声は今でも忘れられない。


ちなみに、この頃は映画『タイタニック』のテーマ曲がどこでも

流れている時期で、案の定、この時も演奏された。一方、

驚いたことに、アメリカ国家は皆無だった。この傾向は、2001年の

9.11以降、ガラッと変わってしまい、2002年の7月4日などは

退役軍人用の曲でオンパレードだったが・・・。


さて、この2000年の7月4日、アメリカに行ってから1週間少しが

経っていたのだが、その日に私は初めて、自分がずっと研究して

きたアメリカという国に、足を踏み入れることが出来たのだと

実感した。それまでは、慣れるだけで精一杯だったのだが、この

夜に初めて、「もっとこの国を理解しよう。もっとこの国の人たちや

文化について知りたい。」と自分に誓った。そして、その夜を

楽しんでいる自分が幸せだと感じることが出来た。


病気になって以来、「~をしよう」「~がしたい」という意欲の

沸くことがほとんどなかったので、このような感慨にふけることは

非常に珍しかった。その意味で、あの夜は特別なものだ。


その後、私は同じ場所に2年間の長期留学をし、今はアメリカと

日本の間をブンブン飛び回る者になった。こんな私になると、

2000年に誰が想像出来ただろう?自分でも本当に不思議だ。

だが、一つだけ分かっていることは、あの7月4日が私には

大きなパワーとなってきた、ということ。アメリカにとっての

独立記念日は、私にとって、立ち直り契機記念日だと言える。


私を元気にしてくれた(る)アメリカ合衆国よ、独立記念日おめでとう!