数年ほど前に話題になった作品『es エス 』を改めて観た。
ポニーキャニオン es[エス]
ある心理学教室で一般人を対象にして行われた小さな実験に、
被験者たちは、大抵が報酬目的で何気なく参加しただけであった。
一つのグループは刑務所の看守役、もう片方のグループは
囚人役に。最初の日は、お互いが冗談を言い合う仲にあり、
誰もがゲーム感覚で個々の役柄を楽しむが、翌日には、双方ともに、
あっという間にいつもの自分を失っていく。
言葉の上での侮辱が軽いリンチになり、それが暴力へと発展
すると、実験を行っている研究室側がコントロール出来ない
ほどの狂気が荒れ狂う。それぞれの人間がもともと持っていた
エゴがまたたく間に暴走する。そして、最後には、肉体的・精神的な
死を伴った悲劇へと発展する。
以前にこの映画を見た時には、これがドイツ映画だということもあり、
ナチスの全体主義に絡みとられた人間の姿を見たような気がして
いたが、今回はやはり、アブ・グレイブ刑務所でのアメリカ軍による
イラク人リンチ の事件を思い起こさざるをえなかった。看守役で、
唯一理性を保ち続けた男性が、他の看守たちに叩きのめされて
頭から袋をかぶせられた様子は、アブ・グレイブで撮られた写真を
彷彿とさせるものだ。
アブ・グレイブでの出来事については、今だに全容は明らかに
なっていない。写真に写って、裸のイラク人の前でせせら笑って
いるアメリカ人兵士たちは、上からの命令でやったことだと主張を
譲らない。命令だけで、あれほど楽しそうに写真に写ることはない、
というのが糾弾する側の主張だが、もしかすると、あのアメリカ兵
たちは本当に命令に従っただけだったのかもしれない。
『エス』という映画は、そう感じることを可能にする。
ごく月並みな人間が、誰かの命令に従っているうちに、命令を
下した者が想像する以上に、残酷なことの出来る人間に変容して
いくのは、それほど難しいことではないのだ。アメリカに帰れば
普通の一市民として家族や友人を愛する者が、一兵士として
戦場に送られ、少しの命令だけで、理性を失った獣と化してしまう。
それが暴露されたのが、アブ・グレイブでの出来事だったのだろう。
『エス』で描かれた実際にあった心理実験は、現在は禁止されて
いる。だが、「実験」を通り越した現実の世界には、この映画に
見られる人間性の崩壊をはらんだものが沢山存在する。
戦争はもちろんのこと、ちょっとしたきっかけで、我々人間は、
残酷な生き物にいとも簡単に転落してしまうのだ。
その転落を防ぐには、我々はどうすればよいのか?
この映画は、一見簡単そうで、なかなか答えの見つからないこの
奥深い問題を我々に問い掛けている。