何処かに出かけたり。
本や服を買ったり。
なんかのイベントに参加したり。
大好きな人と楽しんだり。
携帯電話や保険料など必要なものを支払って生活したり。
そういう時にお金は欠かせない。
買うことで素敵な気分にさせてくれる。
でも、考え方によってはそれに対して否定的な見方をすることもできる。
お金をめぐるトラブルに巻き込まれた経緯があると、当然否定的な目で見てしまう。
お金が1番大切だというと『この守銭奴が!』と罵られる。
デフレが当たり前だから、安くて当然。むしろ、タダが美徳。
まじめにコツコツ頑張っても報われない金額でも仕方がない…and so on
これら、全て思い込み。
よいことも、悪いことも全部。
だから、現実をそういった思い込みで引き寄せている。
政治屋や学者たちが「お金を使わないで溜め込んでるから経済が潤わない」というけど、お金に関してネガティブな情報ばかり刷り込まれているから「使わないでいよう」と思ってるんじゃないかな?
ネガティブな情報を受け取っていると、それが当たり前のように脳に定着してしまう。
私自身、お金を受け取る機会があればそれをちゃんとした形で循環したいなって思っている。
そう思っているんだけど、以前ある人と話をしていて違和感を覚えたことを思い出した。
その人は才能を持っているんだけど、それを仕事以外でお金をもらうことに対して「よくないこと」と思ってるらしい。
お金をもらう形で仕事をするのは、自分のしたいことをねじ曲げてしまうからやりたくないと。
だから、やるとしたら無償でやるのがいいことなんだと。
そして、県民性を持ちだして「お金を貰わないで無償でやるのが当然だと思っているんだ」と。だから誰それさんもボランティアなんだよ、と。
その人の価値を否定はしない。
ただ、県民性を持ちだして「ボランティアで当然なんだ」というのはどうかなって。
その土地の人は全員働いてもお金を貰わないボランティアで生きているのかと。
お金をもらうことは割ることだと思っているのかと。
まるで、その意見に賛同できない私がお金の亡者っぽく言われてるような気がした。
多分、その人は相当深い、お金への思い込みが強いんだと思う。
それを否定したくなくて、「ボランティアが当然」とか県民性を持ちだして自己正当化したのではないかと。
それさえなければ、もっとうまくいくのになーって。
いろんな人の本を読んでて、『持っている能力を上手に活かしてその対価として報酬を得ることはいいことなんだ』と知っただけに、そういうことを言われるとものすごく凹んでしまう。
会社で派遣社員の経費を『消耗品費』扱いにされていると知ってるから悲しい気持ちになる。
ボランティアが美徳だとか、働くきっかけに向いてるというのは本当なのかって。
もしかしたら、お金についてはまだまだなのかもしれない。