色んな所で「私さえ我慢すれば」という話を聞く。
私さえ我慢すれば、すべてがうまくいく。
私さえ我慢すれば、この人は変わってくれる。
私さえ我慢すれば、波風立てずに済むんだ。
私さえ我慢すれば、どうにかなる…
言いたいことも言えずに、我慢をする。
それが物事を解決する方法とは思えない。
現実に目を背けてるだけだし。
我慢をするのがいいことだとは思えない。
それに、家庭教育の中で「我慢をするのがいいことだ」というのが浸透してきているし、性差の問題もある。
「女は我慢するイキモノだ」と。
専門書とかではなく、親から、それ以上の世代から言われ続けた言葉だ。
だけど、『我慢すること』って自分自身にうそをつくことになる。
『我慢する』ことで望む結果、「すべてが変わる」「どうにかなる」を期待して。
でも現実はそういう風にうまく進まなくて、「我慢したのに!!!」という怒りの感情が湧いてくる。
我慢ばかりしてきた人だと尚更。
こういう時は「相手を嫌な気持ちにさせないために、うまく伝えましょう」という方法がある。
しかし、今まで我慢をすることが当たり前だった人がある日突然、「カレコレこういうことだから、それはできない」というのには自信もなければ勇気もない。だって、こちらが我慢して、妥協すれば全て解決できてたし。
「我慢すること」が当たり前になって、麻痺状態に陥ってるから感情を爆発させたり、歪みが起きているのだ。
だから上手に感情の整理をすることが大事ではないだろうか。
「いやだった」
「やりたくなかった」
「楽しいって思えなかった」
そこを吐き出してからは、「だからこうしたい」と次につながることを結びつけるように導く。
例:「体調が悪かったけど約束していたから無理して出かけた」
→本音:「本当に体調が悪かった」「出かけたくなかった」
建前(我慢の部分):「約束していたから」「何とかなるから」「相手に失礼だから」
→本音より:「体調が悪い時は無理をしないように」「断る勇気も必要」
自分の感情を素直に認めていくと、案外すっと入っていく。
それを相手に伝えると「なんだそういうことだったのか!」というくらい、シンプルな反応が来る(多分)
この『我慢をする』というのって思い込みの部分だったりするんだろうね。
なお、この『我慢』を義務化するとかなり厄介なので要注意。