悟り系starseedのNagiです![]()
潜在意識を覚醒させる事をずっとやってきたので、
(なぜならそれがダイレクトに幸せに直結するから)
潜在意識覚醒セラピストやってます
自己覚醒3部作の記事、記事ランキングに数回入っていました![]()
読んでいただき、ありがとうございました!
自己覚醒は、この先、とにかく大事になってきます
というか、アセンションの時代の大きな目的の1つが自己覚醒なのです![]()
そのために、自己覚醒の記事を書きました![]()
イエェイ!!
今日は、自己覚醒が難しい理由について書いていきます
自己覚醒をしたいけれど、思う様に出来ずに悩んでいる人には、大きな気づきとなると思います
自己覚醒をしていくにあたって、1番難しいのは、
人というのは、「本当の感情」を認めることが最も辛いから
これが理由としてあります
これ以上でも、これ以下でもないのです・・・![]()
以下の引用は全て、お久しぶり&大好き加藤先生です![]()
劣等感から虚勢を張っている人が「実は、私は自分に失望しているだけです」と本当の感情を認めることは苦しみである。
つまり「本当のことを認めること」が最も辛いことである。
苦しみとは、自分の現実を認めることである。
自分の誤りを認めることである。
何よりも苦しいのは自分が自分に失望していることを認めることである。
「苦しみは成長と救済に通じる」ということは、「現実を認めることは、成長と救済に通じる」ということである。
逆にいえば自分の現実を認めない人は、救済されることはないということである。
人生の問題は煎じ詰めれば、現実否認するか、「現実の自分」を受け入れて自己実現するかで「現実の自分」は、今の自分が望んでいる自分ではない。
それを認めずに無理に頑張っても能率が下がるだけ。
頑張っても何も解決しないのだから。
加藤先生が書いている通りで、
生きづらさを抱えている人が幸せになっていくのには、「自己覚醒」する事が必須条件なのだけれど・・・
↓
自己覚醒するには、当然、自分の現実を認めなければならない
↓
苦しみとは、自分の現実を認めることである。
自分の誤りを認めることである。
↓
何よりも苦しいのは自分が自分に失望していることを認めることである。
↓
つまり「本当のことを認めること」が最も辛いことである。
↓
見たくない自分という最も辛い事をしなくてはならないから、ほとんどの人は出来ない
結論
それほど心の傷を負っていて、痛くてたまらない人が多いという事
心に傷を負っているから自己覚醒出来ない
自己覚醒とは、いわば応用なのです
という事は、基礎がしっかりと出来ていなければ、応用も出来ませんよね??
では、基礎とは一体何なのか?と言えば、
本当の感情をしっかりと感じられる事になります
「そんな簡単な事?」と思いきや、
そんな簡単に思える事が出来ていない人がいっぱいいるのです![]()
なぜ分からないのか?と言うと、
人の意識というのはそもそも構造的に分離しているからだと思います
意識と無意識
顕在意識と潜在意識
ですね![]()
分離してる時点で分かりづらいもんね…
つまり、
自分の無意識部分が分からなければ、
自己覚醒へとは向かっていく事すら出来ないという事なのです![]()
私は、潜在意識オタクであり、
特に、人の無意識というものが好きで、
専門にしているので簡単に分かるのですが
普通は、意識が2つに分かれているだなんて考えもせずに生きているし、
何となく「無意識というものがある」程度にしか理解していないと思います
でも、それが普通ですよね?
みんな、自分の無意識というものが分からないまま生きているのだから
無意識という部分が、本当は本当の自分の部分だったりしますが、
自分では意識できない部分なので、
意識して見ようとしなければ、気づく事すら出来ないものでもあるのです…
つまり自己覚醒とは、
自分でも気づいていない無意識の自分に気がついていく事なのです
自分に気づいていくと、
結果的に自己覚醒出来る
と言った方が正確かもしれません
自己否定してしまうのは、心の中に傷がある証拠です
心の中に傷が無ければ、自分を否定する理由も無いので
自分の深刻な劣等感を認めるか、認めないかが、生きるか死ぬかの問題である
結論としては、加藤先生が書いている通り、
心の中の傷=深刻な劣等感=自分の現実を認めていく事でしか、心の傷を本当の意味で治す事は出来ません
治す為には、自分の現実を認めるという苦しみを通過しなくてはならないという事なのです![]()
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とにかく、ここが難しい訳です![]()
だから自己覚醒までたどり着けない人が多いのです![]()
心の傷を負った状態で、どうやってそこをクリアしていけばいいのか?
分からない状態の人が余りにも多すぎるのが、ちょうど今の時代なのですね![]()
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アセンションしていくというのは、自己覚醒していった先にあるものです
自己覚醒していない人がアセンションしていくのはムリだからです
とにかく自己実現とは、「現実の自分」を認めることから始まる。
「現実の自分」を認めないで、自己実現はあり得ない。
自己実現して生きている人は、「現実の自分」を認めているのである。
自己覚醒とは、加藤先生が書いている自己実現とも同じ意味です![]()
本当の自分で生きる
=自己実現
=自己覚醒
ですから![]()
それ以外は、自己覚醒出来ていない
退行欲求で生きている状態になります
自己覚醒していくには、
ただひたすら、自分の認めたくない事=現実の自分を認めていけば良いのです![]()
けれども、理屈は簡単でも、実際にやるとなると相当難しい事でもあります![]()
だから、自己覚醒が思う様に進まない人が多いのですから・・・
その難しい事を、どうしたら出来る様になるか?
どうやら私は、そこを今回、研究しにきたようなのです![]()
ここからは余談なのですが![]()
私がやってきたのも、これだけです
2018年からの7年間、
ひたすら自分が認めたくない現実を意識化してきただけです
その度に凹んで、落ち込んでをくり返してきました(笑)
私は自分の事をスターシードだなと思った事は無いまま46年間きましたが、
人にとって最も辛い「本当の自分」を認めるという事だけは、46年間の中で唯一、ダントツで出来た事でした(笑)
私は、46年間、何もかも出来ないダメ人間だと自分でも思ってきたし、
親からもそう言われ続けてきましたが、
人生で初めて、達成できた事が、「本当の自分」を認めるという事だったのです![]()
そこだけは出来た(笑)
まともに働けた事ない
うつ病だったし、39才まで抑うつメンヘラだった
長い友達とかいない
勉強やる気になった事1度も無い
なんとなく高校と短大行った
幸せな恋愛とは言えなかった
結婚も失敗
そもそもメンヘラだったから、育児もまともに出来ない
挙句の果てに、死別で色んなものが崩壊した
そんな人生でしたから・・・(笑)
ヤバいでしょ??
そんな人生の人が、深刻な劣等感を持っていない訳が無いのはお分かりかと(笑)
そんな私でしたが、死別がちょうど良いトリガーとなってスイッチが入り、
死別後のある時に、「私ってマジでバカなんだな」と気づいた瞬間があったのです![]()
つまり、自分の無意識の中には39年間ずっと深刻な劣等感があったのだけど、
その現実を認めるのが辛過ぎたから、反動形成で、
どうにか虚勢を張って生きてきたのが本当の私だったのです![]()
幸いな事に、
私が1番認めたくなかった「私って相当なバカ」って現実を、ある時にハッキリと意識して、
すんなりと認められてしまったのですね(笑)
多分、こういう所がスターシードなんだろうな、と今では思っています![]()
まともに働いたり、この社会に適応していくの事には盛大に挫折してきたけれど、
加藤先生が書いている、「本当の感情」を認める事が最も難しい、ここだけはあっさり出来たので
(笑)
私にとっては、加藤先生の本を読んで自分の現実を認める事は、何よりも1番簡単な事でした![]()
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人間には1番難しい事が、
私には1番簡単に思える・・・
だから
「私って人間じゃないのかも、もしかして・・・」
と思ったのでした(笑)
他人や社会に合わせるのはとっても難しかったけれど、
自分自身に自分を合わせるのは、どんな事よりも簡単にすんなりと出来た![]()
もちろんそれなりに苦労したし、努力もしたけどね![]()
でも、そこを拒否るって事はしなかったのです
私の唯一の特技があるとするならば、
それはアセンションです![]()
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それ以外は、恐ろしい位、一切何も出来ません![]()
人間としてはゼロ点
でも、霊的な自分は100000000000万点なのです![]()
それだけを支えに、人間やってます(笑)
「本当の感情」を認めることが最も辛い
アドラーの個人心理学 (註5) は、次のようなことを強調している。
人とかかわりのない個人は考えられない、また全ての人生の問題は社会的な問題である。(註6)。
人の経験は、社会的枠組の中での経験である。
アドラーが個人心理学という表現を選んだのは、個人の特性を探索することに最も興味を持ったからである(註7)。
深刻な劣等感から自分自身を信頼できず、直面する困難と戦うことから尻込みしている人は多い。
そしてアドラーは、「彼らは間違った人生観を持っている。そしてその誤りを認めるならば、自分自身を変えることが出来る」という(註8)。
ジョージ・ウエインバーグの、「あなたの認めたくないものは何ですか」というのも同じ趣旨である。
劣等感から虚勢を張っている人が「実は、私は自分に失望しているだけです」と本当の感情を認めることは苦しみである。
つまり「本当のことを認めること」が最も辛いことである。
苦しみとは、自分の現実を認めることである。
自分の誤りを認めることである。
何よりも苦しいのは自分が自分に失望していることを認めることである。
「苦しみは成長と救済に通じる」ということは、「現実を認めることは、成長と救済に通じる」ということである。
逆にいえば自分の現実を認めない人は、救済されることはないということである。
「私は不安だ、この競争社会で生き抜く自信がない」と自分の本当の感情を認めないで、 「世の中、バカばかり、この社会は愚か者ばかり」といい張り続けることである。
自分の深刻な劣等感を認めるか、認めないかが、生きるか死ぬかの問題である。
人生の問題は煎じ詰めれば、現実否認するか、「現実の自分」を受け入れて自己実現するかで「現実の自分」は、今の自分が望んでいる自分ではない。
それを認めずに無理に頑張っても能率が下がるだけ。
頑張っても何も解決しないのだから。
「現実の自分」を受け入れれば、元気になる。もっと意欲的になる。
努力する目標が見つかるからだ。
とにかく自己実現とは、「現実の自分」を認めることから始まる。
「現実の自分」を認めないで、自己実現はあり得ない。
自己実現して生きている人は、「現実の自分」を認めているのである。
「現実の自分」を無視して、理想の自己像実現にこだわるか、「現実の自分」を受け入れて自己実現するか、それが人生最大の問題である。
それは深刻な劣等感に負けるか負けないかということである。
虚勢を張っていても、迷路でさまよう自分の心を心の底で知っている。
偏見のあるパーソナリティーなどは、深刻な劣等感に負けて、そのようなパーソナリティーになったのである。
偏見のある人は、自分の価値を信じることが出来ない。
きょうもありがとうございました![]()
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