自己受容について
先日の記事で少し書きましたが、
年末に掃除をしながら、
色々なことについて考えました。
「自分を大切にするとはどういうことか?」
散々心を見つめてきて
大切にしているつもりだけど、
"何だか腑に落ちていない"
"まだ何か足りない感覚"だったので、
もう1人の自分と心の中で会話をしながら考えてみました。
1年を振り返ることで分かったのは、
心にも体にも向き合い続けていたこと。
"ちゃんとやってきたじゃん"
そう思う反面、
「体が元気だったらもっとこうできたな〜」とか「そこに使ったエネルギーも多かったよな」
「来年は健康になってもっと全力で楽しみたい」という思い。
家族は分かってくれているところもあるけど、
本当にどういう状況でどういう気持ちでって、
理解しているのは自分しかいない。
だから自分が自分の絶対的味方でいる!!って思っていたけど、…出来ていたかな?
『元気だったら』
『そうじゃない自分だったら…』
これって、
ものすごくさりげなく、今の自分はダメだって、自己否定し続けていたんじゃないだろうか…
そうじゃない自分にはなれないし、
今が仮の姿なんかじゃない
こんなに手がかる心も体も含めて、全部が私。
余すことなく自分なんだ、
傷も含めて全てが自分。
そう気づいたら「なーんだ」って、
すごーく軽くなると同時に、
変な話生きている実感というのかな。
初めて自分の体を隅から隅まで全部触って知ったような、
ヴェールのようなものがなくなり
全てが現実として見えるようになって、
やっと一つに統合された、そんな感覚になりました。
なんで心と体を分けて考えていたんだろう?
自分に期待していたいから
自分のこと好きになりたいから
"そんなはずない"
"これが本当の私なわけがない"って思いたかった。
でも姿形、何も変わらなくても
こんなにお世話のかかるそのまんまの自分で
自分を大好きになれるし
幸せになれるし
ていうか、、
幸せだ。
全部あった。
人がどう思うかは関係ない。
これが私で、
それが事実。
なーーーーーーーんだ✨
時間かかったけど、これが0の状態で、
自分軸ということ🌈
そう気づいてから
いろんな場面で、
自分の人生をいかに他人事で生きてきたかを
思い知った。
全てが自分事じゃん。
"自分次第"ってそういことか、と。
余計な事を考えなくなって、
その瞬間に"今"に集中して楽しめるようになった!!
会議のような場でも、
自分や子供が関わる自分事として参加していると
自分の意見も生まれるし、
それを伝えることも出来るようになった。
もしかしたら
人から見たら当たり前のことを言っているし、
当たり前すぎてどういう意味?!ってなるのかもしれないけど🤣笑
私は
やっとスタートラインに立てた思いです😊🌈
はじめまして😂✨✨✨
よろしくお願いします✨