なんでそうしなかったんだろう?
ボーッとしてたのかな?
ただメソメソして。
考えないように逃げてたのかな?
とりあえず、いつも通り過ごそうって思ってた。
絶対大丈夫ってどこかで確信してたのかな。
心の師、
江藤先生に会ってなかったら、
まだメソメソ不安なままで、
家にいたんだろうか。
今思うと何やってたんだ?って思う。
1日はあかちゃんのほっぺで開催された寺子屋に行ってきました。
でもその前に、
30日から母が発熱し、
31日の夕方入院した。
母はここ数年、毎年肺炎になる。
去年は3回かな。
うちに泊まってる時に
救急車を呼んで入院した事もある。
何度も覚悟してきた。
それを経て、
今は治療中で
だから少し気を抜いていたのかもしれない。
「何時間後かも、
今日か明日かもしれません。
このまま治るかもしれないし
手は尽くすけど、分かりません」
病院の先生から言われた話を
父から聞いて、いつになく動揺していた。
父は子供達連れて来るの大変だから
とりあえず急いで来なくても大丈夫
って言ってて。
細かくやりとりはしてたけれど、
何故だかすぐに行くという考えが浮かばなかった。
ただメソメソしないよう、
息子のお迎えに行って、
子供達にご飯を食べさせて、、。
何故だかいつも通り過ごそうって。
寺子屋に行ったのは江藤先生の顔を見たかった。
向かう前に、
「朝から何度も戻してて、
ちょっと厳しいかもしれない」
父から連絡がきて、
道中で東京にいる兄にも連絡して、
泣きながら運転してた。
(運転はちゃんと出来ていたと思います)
どうにか辿り着いて
江藤先生の顔だけ見て帰ろう
って思ってたのに、
着いたら普通に自己紹介して
参加してた。
現実逃避なのかな。
途中で江藤先生の方から
「お母さん元気?」って言われて
話すことに。
凄すぎません?
短い間だったけど、
江藤先生と話して、
目が覚めた。
「危篤ってことよね?」
そう、、ですね、、
「向かいなよ」
でも来てもベッドの側にいるだけだからって断られてるって言ったら
「関係ないよ」
「家族ってそんなものよ?」
終始優しく優しく
ボーッとしてる私に
喝を入れてくれた感じ。
それでやっと目が覚めた。
そうなんだ。
家族ってそんなもの、なのか。
そっか、、
行ってもいいんだ?
何やってたんだろう、、
行かなきゃ
そして先生が
息子に靴を履かせてくれて
こっそり
「お母さんとっても急いでるから
今日は言うこと聞いてあげてね。」
って言ってくれていた。
帰り道、
今までに母が話していた事を色々と
思い出した。
私の事も含め、
色んな人の看病をしてきた母。
こういう時、
お母さんならどうするだろう?
って考えた。
どうして欲しいかな?
そうだ、あれとあれは持っていこう。
それから、、って。
もやが晴れたみたいにクリアになって。
いろんな所に連絡したり、
上の階の友人に宅急便や郵便物もお願いして、急いで準備して。
一人で子供二人を連れて行かなきゃ
って思ってたけど、
夫も休みをとって一緒に来てくれた。
よかった。
道中思う事は、
私は本当に一人では生きてなくて
沢山の人に支えられて、
頼らせてもらって。
感謝しかない。
新幹線を作ってくれた人達にも感謝するぐらい笑
友人もずっと祈っててくれた。
母との事も、
こんなことになって
気づくことが多すぎて。。
今までの色んなこと、
もうどうでもいい。
生きてこそなんだ。
文句に思うのも、
感謝を伝えられるのも。
もう家汚してもいいよ。
イライラしない。たぶん。
だから、
早く元気になって、
大好きなお母さん。
助けて欲しいことが、
まだいっぱいあるから。