臨床パストラルケア(スピリチュアルケア)・カウンセラーへの道は長いです・・・。
研修以外に提出物が多くて。 最も厄介なのがブックレポート。 本を読んで論文みたいなのを書きます。
推奨図書を中心に10冊。年内に折り返せればいいかなぁ・・・。
で、今レポートを書いているのが「ケアの本質」という本です。
『絶えず成長し創造していく人間は、常に未完成で完成の途上にある』
『自分の生の意味を十分に生きるには、生きる事が絶えず未完成である事をわきまえなければならない』
- ケアの本質―生きることの意味/ミルトン・メイヤロフ

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このケアの本質という本は1970年代に書かれたものであり、ケアというのを単純なサービス的に見るのではなく、
ケアが人が生きる上で本質的な営みである事を示しています。
ケアはそれが作家なら作品をケアし、親ならば子をケアし、教師なら生徒をケアし・・・ケアという言葉を多面的に定義して、あらゆる分野において私達がケアによって生き、生かされている事を示しています。
私達は絶えずケアを通して自己実現をしている。
今、こうしてブログを書いている私は、自分のブログをケアしている・・・という事になります。
作家が作品をケアする様に、画家が絵画をケアする様に、親が子をケアする様に、教師が生徒をケアする様に。
ここで言うケアとは医療や福祉といった狭義的なケアではなく、ケアそのものを追求した一冊です。
ケアとは何か対象が必要であって、それは言い換えると『繋がり』や『交わり』であり、人間は根源的にコミュニケーションを断たれると生死に関わる性質を持っていますから、繋がりや交わりの必要性を持っています。
とりもなおさずそれは偽りではなく、本物の自分としての繋がりや交わりであると思うのですが、この本を読むとそれが分かります。
ということは、ケアは人間の本質であり、それは別の言葉で言い換えれば『愛』であるって言えます。
ケアこそ人間のあり方の中で中心的なものだと。
自分に取って何が適切な『ケア』の対象なのかを見極めていくことは、ただ自分としてあるだけで、本物の自分としてあることが自分のためであり人や社会の為である事さえも見えてきます。
この本は関係性を論じつつ、人が自分の生を生きるとはいかなることかを教えてくれている本でもあります。
この本には『場の中にいる』と表現されていますが、いわゆるスペースの事。 ただしそれは物理的なスペースではなく、自分が本物の自分としてあるスタンスや状況も含まれるもの。
確実に自分が自分として「場の中にいる」のであれば、それすらも感じない、あたりまえのように感じられる=本物。
そこに生きる意義が現れてくるわけです。
そして、この「場の中にいる」というのは、関係性によって培われ、基本的安定性として自分の中に根付くので、
これは「場」を与えられているという言い方もできるんです。 よって、ケアする対象に生かされている事にもなります。
「場の中にいる」ことは自分に適したそれを知る事とは関係ありません。場というのは、空間や時間に関係しますが、自分が本来の自分の場の中にあっては、自由で、時間や空間に縛られる事がありません。
ところがこの「場」を闇雲に求めて定義を必要とする(認めてもらいたい/競争に勝つ/皆がいいと言うからといった意識)ならば、いずれは生の意義さえも見失いかねません。
現代人はこれが多いのではないかと思います。
この本は専門書でありながら、それほど厚い本でもなく読みやすい記述になっているので、医療や福祉の現場で働く人達のみならず、どんな社会人でも読んで価値のある一冊じゃないかなって思います。