聖母病院の憩いの中庭。 中庭は病室からも見えます。
聖フランシスコが優しく手を開いて迎えてくれます
とっても綺麗な赤紫の花が満開
大きなバラの花も満開!!
患者訪問は今日で終わり。明日は研修最終日!!明日は講義の続きと面接、個人指導の日です。
初日、内科の病棟で訪問していましたが、人数が偏りそうなので2日目から外科病棟に行きました。
外科病棟だと、入室不可/面談不可な患者様がけっこう多くて、様子を見ながら伺うんですけど、短期入院が多いのも確か。
今日は、夕刻近くになってごっそり退院したらしく、訪問しようと思ったら、病室はベッドだけってことが続出で。
リハビリ時間でもあるため、ベッドにいないとかもあるし。 もちろんご家族とかがお見舞いにきてたりもあるので、その中で訪問する患者様がだぶらない様にしつつ複数の人数で訪問を続けると、さすがに4日目ともなると、訪問する患者様がいなくなってくるんですよね。
しかし4日連続はかなりキツいです。 一回の訪問が40分、メモを取ったり、気持ちを切り替えたりする時間が必要なので、2時間でお二人が限界。 時間だけでなく、集中力や体力も限界です。
東京の病院の特長って聞きましたが、どのベッドもカーテンが閉まっているのは当たり前な状態。
そこに入っていくのは勇気要ります・・・。
カーテン閉まってる所に入っても、なんてことはなく、お話いろいろして下さる方もいるので、人をシャットアウトしているわけでもないんですよね。
無私になって、お相手して下さる患者様ご本人が持っている物(パワーや希望など)を生かすことに気付くことで、エンパワーに繋がるような訪問が出来ます。
アドバイスやティーチングになって、相手の自立や自分で見つけていく力をダウンさせる様な、いわゆるこちらが患者様をコントロールする様な事になってはいけません。
・・・でもこれ、親切だと思って無意識にやってるもんですよね。 こういった残念な関わり合いで、患者様がご自身の力や大切な物に気付くことを妨げちゃうんですよね。
だからこそ、無私であることが大切。 自分の興味で訪問なんてもってのほか。
ということは、まず自分が自分の中にもっているものを生かせてないとだめなんですよね。
ようは経験してきた事が大切。
と同時に、生かさない方がいい自分の中に持っているものにも気付いてないと、無意識に患者様を傷つけてしまうわけです。
ケアすることは、共に歩む事。共にある事。
自分と共に歩んでいなければ、他者と共に歩む事は出来ない。
聖フランシスコが優しく手を開いて迎えてくれます
とっても綺麗な赤紫の花が満開
大きなバラの花も満開!!
患者訪問は今日で終わり。明日は研修最終日!!明日は講義の続きと面接、個人指導の日です。
初日、内科の病棟で訪問していましたが、人数が偏りそうなので2日目から外科病棟に行きました。
外科病棟だと、入室不可/面談不可な患者様がけっこう多くて、様子を見ながら伺うんですけど、短期入院が多いのも確か。
今日は、夕刻近くになってごっそり退院したらしく、訪問しようと思ったら、病室はベッドだけってことが続出で。
リハビリ時間でもあるため、ベッドにいないとかもあるし。 もちろんご家族とかがお見舞いにきてたりもあるので、その中で訪問する患者様がだぶらない様にしつつ複数の人数で訪問を続けると、さすがに4日目ともなると、訪問する患者様がいなくなってくるんですよね。
しかし4日連続はかなりキツいです。 一回の訪問が40分、メモを取ったり、気持ちを切り替えたりする時間が必要なので、2時間でお二人が限界。 時間だけでなく、集中力や体力も限界です。
東京の病院の特長って聞きましたが、どのベッドもカーテンが閉まっているのは当たり前な状態。
そこに入っていくのは勇気要ります・・・。
カーテン閉まってる所に入っても、なんてことはなく、お話いろいろして下さる方もいるので、人をシャットアウトしているわけでもないんですよね。
無私になって、お相手して下さる患者様ご本人が持っている物(パワーや希望など)を生かすことに気付くことで、エンパワーに繋がるような訪問が出来ます。
アドバイスやティーチングになって、相手の自立や自分で見つけていく力をダウンさせる様な、いわゆるこちらが患者様をコントロールする様な事になってはいけません。
・・・でもこれ、親切だと思って無意識にやってるもんですよね。 こういった残念な関わり合いで、患者様がご自身の力や大切な物に気付くことを妨げちゃうんですよね。
だからこそ、無私であることが大切。 自分の興味で訪問なんてもってのほか。
ということは、まず自分が自分の中にもっているものを生かせてないとだめなんですよね。
ようは経験してきた事が大切。
と同時に、生かさない方がいい自分の中に持っているものにも気付いてないと、無意識に患者様を傷つけてしまうわけです。
ケアすることは、共に歩む事。共にある事。
自分と共に歩んでいなければ、他者と共に歩む事は出来ない。
