僕が何度も何度も繰り返し伝えている、
『遊びの解放』
っていう考え方は、子どもが体験することを
「親が決めたこと」
「親のせい」
にすることをやめて、
「子どもが自分で決めたこと」
にしていきたいんよね。
これを、
「自己責任」
なんて言ったりするし、僕は、
「自分で自分の人生を決めることができるようにする」
っていう言い方をしています。
ちなみに、『遊びの解放』の意味は、
「親が、子どもの遊びにかけている制限の一切を取り払う」
っていうものです。
だから、「遊びの解放」は、
「誰かに何とかしてほしい」
「変わるのを待っている」
「誰かに変えてほしい」
っていう受動的な態度の人にとっては、かなり過酷なものだと思います。
それ故、僕は「遊びの解放」を誰にでも薦めているわけでもないし、やりたい人だけが導入してくれればと思っています。
ましてや、
「子育てをしている親は、みんな『遊びの解放』をするべき」
なんて1mmも思っていないです。
主体性を重んじて、自分も、子どもも主体的に生きたい。
自己責任の元で、自分で自分の人生を選べるようになりたいし、子どもにもそうなってほしい、そう願う親だけに採用してもらえればと思っています。
「遊びの解放」を採用すると、親子のコミュニケーションがどう変化するかと言えば、例えば、子どもが
「これって、どうしたらいい?」
って聞いてきたら、子どもを受動的にする関わり方は、
「親がどうしたらいいかを決めて、親が答える」
っていうものでした。
一方で、子どもの主体性を引き出す関わり方は、
「あなたは、どう思っているの?」
「あなたは、どうしたいと思っているの?」
って感じで、まずは子どもの考えを教えてもらう。
子どもが考えていること
子どもが意識していること
子どもが気にしていること
子どもが感じている気持ち
をまず教えてもらう。
ほんで、子どもの中ですでに答えがあるなら、
「じゃあ、それをやってみよう!」
だし、答えが無かったら、
「どうしてこっか?」
って一緒に考えたり、そこで初めて親の考えや、
「これをしてみるのはどう?」
っていうアイデアを伝える。
あくまでも、子どもが先で、子どもが考えていることがあるなら、親は引っ込んで見守っておく。
やばそうな時とか、子どもからヘルプがあった時だけ、手助けする感じ。
主体性があると何がいいのか、っていうと、
「今の状況に不満がある時に、自分の意志で環境を変えていける」
っていうこと。
受動的な生き方をしていると、誰かが今の状況を何とかしてくれるのを待っているわけだから、運よくそういう人が現れればいいけど、そうじゃなかったら耐えるしかなくなる。
主体的な生き方をしていると、自分で考えて動くから、多少耐えることがあったとしても、積極的に今の状況を変えていける。
どっちが良くてどっちが悪いって話じゃありません。
あくまでも、
「僕は、主体的な生き方の方が好き」
ってだけです。
「親のためのコミュニケーション講座 BASE」
も、
「BASEメルマガ」
も、そんな僕が運営しているから、
「変えてほしいです」
「答えを教えてほしいです」
っていう人にとっては、つまらんかったり、しんどかったりすると思う。。。
逆に、BASEや、BASEメルマガは、自分で考えて動く人にとっては、そこそこ楽しめるんじゃないか、と思ってます。
たぶんね!
そう言ってみて、参加してみてつまらんかったらごめん!笑
僕が「コーチング」を取り入れて、BASEでコミュニケーションを教えているのも、
「主体性」
を重んじているから、です。
コーチングは、
「コーチが、相手の人生を良くするために支援するコミュニケーション」
ではなくて、
「コーチは、相手が、自分の人生を良くすることを支援するコミュニケーション」
です。
コーチが、相手の人生を良くするんじゃない。
あくまでも、コーチングのクライアントさんが、自分で自分の人生を良くしていく。
そのために、コーチ視点で、支援をしていくんです。
これを親子関係に当てはめれば、
「親が、子どもの人生を良くする」
のではなく、
「親は、子どもが自分で自分の人生を良くするのをお手伝いする」
っていうことになります。
あくまでも主役は、子どもです。
この考え方に基づけば、
「親が子どもを天才にした」
「親が子どもをダメにした」
っていうようには考えません。
もちろん、子どもの頃には、親に対抗するのはけっこう難しい。
そこは限界はあると思う。
でも、大人になっても、親の考えに従わなくてもいいじゃない?
仮に、親が子どもをダメにしたとしても、その子が大人になった時に主体的な生き方を身に付けていれば、その親の影響を自分の力で乗り越えていくことができます。
それは、誰かに協力を仰いで乗り越えていくことも含んでいます。
自分一人で乗り越えていくわけじゃなくて、
「自分の意志で、乗り越えることを選択する」
っていうことね。
どうやって乗り越えていくか、っていう手段は山ほどあるので、その時々で適切なものを選べばいい。
人生に対して受け身ではなく、
指示待ち人間でもなく、
自分のことを自分で決めていく。
そんな生き方を子どもにしてほしいなぁ、って思っています。
あくまでも僕の価値観なので、他の誰かに押し付けるつもりはありませんw
そして、子どもが主体性を取り戻すための関わり方が、
「遊びの解放」
であり、
「親が、子どもにかけてきた制限の一切を取り払う」
っていうことなんです。
例えば、その遊びがゲームであれば、
・何のゲームをするのか
・何時間くらいするのか
・いつ始めるのか
・いつ終えるのか
・誰とやるのか
みたいなことを自分で決めます。
この時、
「子どもはまだ判断がつかないから・・・」
っていう人もいるんだけど、そりゃそうよ、子どもだもの。
ゲームをやり続けたらどうなるか、
どんなゲームの楽しみ方があるのか、
他にどんなゲームがあるのか、
などなど、ゲームに関する知識や、経験が、どうしても浅いじゃない。
10歳の男の子でも、どんだけがんばっても、ゲーム歴10年よ。
でも、僕ですらゲーム歴は30年を超えてます。
「ゲーム歴が長いから偉い」
みたいなことを言うつもりはないけれど、ゲーム歴が長いが故に、
・ゲームをしてきて良かった体験
・ゲームをしてきた失敗体験
もそれだけいっぱいしています。
ゲームとの付き合い方が、自分の中である程度は確立できてるのね。
自分のライフスタイルを崩さないように、生活の中にゲームをどう組み込めばいいのかは、長年の試行錯誤によって、自分なりの方法があります。
仕事や、友人との約束、家族との時間、勉強の時間などのバランスは自分なりには取っています。
でも、それって、僕だからできたわけじゃない。
何度も何度も試行錯誤した結果です。
子どもがゲーム歴が浅いなら、まだ試行回数が少ないんだから、自分のライフスタイルにどうゲームを組み込めばいいか?なんて分からんと思うのよ。
分かってるなら、それはそれでいい。
「遊びの解放」をして、子どもにゲームとの付き合い方の試行錯誤をする自由があれば、少しずつゲームとの付き合い方や、家族や、他の人との兼ね合いを学んでいきます。
でも、「遊びの制限」をしていると、子どもはゲームをライフスタイルに組み込もうという試行回数が少ないから、いつまで経ってもゲームとは上手く付き合えないわけよ。
親が管理すれば、子どもはゲームと上手く付き合えないまま。
ゲームをする権限を全て子どもに委ねてみれば、子どもが少しずつゲームとの付き合い方を覚えていく。
ゲームに遊ばれるのではなく、ゲームに対しても主体的でいられるようになるわけさ。
なので、子どもに自分で考えて、ゲームしたり、勉強したり、自分にとってより良い生活をしてもらいたい場合は、
「遊びの解放」
は必須の関わり方なんです。
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