吾も倣いて書かんとす
真似したくなったので
早起きしてドリップでコーヒーを淹れる
ゴツいヤカンの太い注ぎ口から落ちるお湯で 紙フィルターの中の粉がふっくら膨らんだらめっちゃ嬉しい
専用ドリップケトルの細ーいクチだったら そおっとお湯が落ちてきてもっとラクかもしれないけれど まさかのゴツいヤカンで淹れている
決して意地を張ってるわけじゃなく 最初に教えてもらった時にドリップケトルなんか持っていなかったのだからコレでいけるはず とゴツいヤカンで淹れている
ドリップコーヒーの淹れ方は夫に習った
いっしょになるかならないかぐらいの頃
キッチンに立って手を動かす作業は 母や姉に教わったもののほうが多い
それ以上に 料理番組やネットを観て我流でできるようになったもののほうが多い
そしてそれら日常調理は常に改良改善され 新しいツールや手法を使い カンタンになったりラクになったりしていった
確かめたり気をつけたり が「無意識のフェーズ」に入っている
教えてくれた人の相違なのか それとも『日常なのにちょっと非日常みたいなトクベツ』なことだとおもうせいなのか
何年たっても 動作のすみずみまでこれでいいのか確かめている
いつまでたっても うっかりを許さないようにしている
コーヒーを淹れるときは最初のやり方 という感じ方のままでいる
細いクチからそおっと落ちてくるお湯はきっと良いもんだろうとはおもうけど
ゴツいヤカンの太い注ぎ口から落ちるお湯で紙フィルターの中の粉がふっくら膨らんだときの嬉しさは
ちょっと大事にしたい領域なんだなあ
600字超えてるじゃん
200字で書くって難しいなあ
