神と繋がる事は
誰にも起こることであって
自分次第で自由に交流ができるものであると
思います
できないと考えている人は
その為の必要なことをやる気には
ならないからであるだけでしょう
必要なこととは
自分の統合であり
バランスであるのですが
内面の葛藤を統合させることが
必要であることは事実で
その必要なことをやる気にならない人には
できません
ではやる気というのを考えてみると
なんかやる気をエンジンみたいに
考える人が多いように思うけど
スイッチを入れてエンジンをふかしたところで
やる気は発揮できるようなものではない
と思います
やる気をエンジンとして扱うというのは
やる気を気持ちの問題と考えてるからで
あろうかと思います
気持ちがやる気になるまで整うのって
待ってても来ないもので
気持ちが整うってことがあまりわかってない
であろうと思います
気持ちの問題という意識では
どうにかなるようなものではないということ
気持ちをやる気にするための
自分へのアプローチが
わからないのです
気持ちをやる気に持って行くことは
やろうと思えばそれだけでできるものではなくて
やる気になれない原因となっている葛藤を
ほぐす方が良いのです
やる気っていう気持ちを持とうと考えるよりも
何で自分がやらないかを知る事で
やれる状態にすることが良いのです
やる気を持とうとするよりも
自然にやれるようになることを目指す方が
長続きをさせる為にも良い
自然なやる気は継続させる上にも
とてもいい
これは力んでやる気を振り絞っていた
私の経験からも間違いない
気持ちの問題と考えるより
やれなくなっている自分を知ることが
大切ということね
新しいことができない
恋愛をする気にならない
仕事をシフトする気にならない
なんでもする気にならない時に
何でする気にならない自分なのか
知ることが大切
自分がやる気になれないときというのは
やる気になれない自分を
知ることが正しい
自分がやる気になれないということは
自分にとって何かが正しい
やり気のなさにも意味がある
やる気になれないということは
これまでのやり方がもう今の自分に
合わなくなっていたり
モチベーションのあり方や
やりたい事への取り組に対する
アプローチの仕方が
従来の形では無理になっている
これを知ることから始まって
やる気になれない理由を知り
そこに在る葛藤や嫌なイメージを刷新させ
新たな自然に自分が取り組める形や
アプローチを生み出す
これらの作業は全て
「自分を知る」であるのです
自分が整えば
やる気エンジンをふかさなくても
簡単に自然な感じでやってみるということが
できるようになる
これは
やる気が起きない時に
やる気のない自分をダメだと考えて
奮起させる
エンジンかけるという必要はないということで
自然な自分を知ることで
自然とやり始めることが
起こる流れを知るわけです
やりたくない時のそのやりたくない気持ちには
意味があった事に気付くのです
やる気にならないと思っていたそれは
やり方を変えたい自分であったり
これまでのモチベーションではできなかったり
抵抗を持っている自分を知り
抵抗なくやれる自分を知る
この知ることをしなくてはいけないということです
これは
精神性の基礎で
自分を扱うことは
自分の起きていることを
普通ととらえ意味があると捉える
そこから新たな自分を
しっかりと見出だすことで
様々なことが進められるということです
「自分を知る」をもたらすことに
取り組むことは
様々な良い事があるのです。
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