他人の言葉に捉われてしまうとか
他人の一言に傷ついたり苦しくなったりすることが
意外に人生の負担になって
重たく苦しくしてしまうものです
他人の言う事にいちいち傷つかなくていいはずだし
他人の言うことをいちいち気にしなくていいはずなのに
気にしなくていいとわかっているのにどうしてそんなに
引きずり、重たくのしかかってきてしまうのでしょう
それは
これまでのどこかで
そうしなくてはいけないと考えたからではないでしょうか
他人の言う事ことを邪険にしてはいけない
他人の気持ちを裏切ってはいけない
他人の言うことをないがしろにしていると
後々自分も同じ目に合う
他人とのご縁を大切にすることが
運を良くする
これらの考えが沢山あり
これらは全て他人のことを重く考えるべき
というメッセージです
そしてこれは
ある一定の層に対して有力なものである場合が
確かにあります
そのある一定の層というのは
一つの組織内とか会社とかにおいてです
同じコミュニティーや同じ共同体たる団体の人間関係
同じ目的を共有する団体やチームといった
同じ境遇に身を置く集団の中においては
この考えは機能するものなのです
しかし
この同じ境遇に身を置く集団というのは
とても小さい枠の中での集団であるということを
認識している人はいません
人数が多いと
その集団を大きいと感じてしまいますが
意識の枠組みという角度から見た時には
とても小さな箱の中です
人数が多くても
そこにある意識はとても小さく
窮屈なものであると
認識している人はいません
しかし
窮屈感を感じているものでもあります
この小さな意識の枠にはまった集団の中で
通用する考え方は
無意識的に作用しているもの
その無意識的に取り入れている考えが
他の場面でも生きてきてしまいます
そうしていつの間にか
他人のことをとても大切に扱わないといけないという
意識にがんじがらめになってしまい
自分をしっかりと立たせることが出来なくなってしまうのです
それが
他人の言う事を気にし
他人に嫌われることを気にし
他人から悪口を言われないようにを前提に
物事を考えてしまう
そうしている間にそれはどんどん強烈になっていき
頭から離れなくなってしまうのです
そうなると
もうなかなか出ることができません
しかし
本当は
非音の言うことは
あなたには関係ありませんし
何も気にする必要のないものなのです
では
気にしないでいいものを
気にしてしまうにはどうするか
ですが
自分に力を取り戻す事
なのです
自分に力を取り戻すということは
マインドを
意識を他人に投影しない事です
自分の意識を自分に戻し
他人の中に意識を注がない事
マインドを自分に取り戻して
他人を自分という存在を自覚したところから見る事です
これは何はともあれ
やらなくてはなりません
マインドを自分に戻して
そこから人生を
他人を
社会を見る時に
他人そのものが見えてきます
他人の言う事に囚われるのではなく
他人そのものが見えてくるのです
そこから始めないと
他人の言うことは
私たちを支配してしまうのです
逆を言えば
自分にマインドを持ってさえすれば
他人の言うことは気にならなくなります
気にならなくなるということは
どういうことかと言えば
自分にとって
悪いものなどないということが
わかるということです
他人を理解できなくても
自分にとって
力を持つことは無く
他人からの想いが
あなたに力になることになるのです
他人の言う事に支配されてしまうのではなく
他人の想いが自分の力になることは
自分のマインド次第なのです。





