別物じゃなくて、見えない何かで繋がってるような気がします。
産土神という言葉もあるしね。
自分が生まれたその土地の神様。
引っ越しても、年をとっても産土神には戻って手を合わせに行くやん。
鎮守の森、氏神様、四季の祭事--すべて土地という大きな場に自分の体を
定期的に合わせなおすための周波数装置のようなもんで。
縄文の時代から自然に行ってきた振る舞い。。
縄文の人達の祭祀の場所として選んだ土地は、、、ある共通点があった。
水脈の交差点、地質の境目、磁気の集まる場所、星と山が一直線に並ぶ位置。。
目に見えなくても独特のエネルギ―がありそうな場所。。
多分縄文の人々は頭で計算してそこを選んでない.。その場の周波数を感じて
いたのかな?
でも明治の終わりに、神社合祀令となり1つの街に神社1社あれば十分だから
残りは廃止せよとなって。。
和歌山では5千8百あった神社は4百にまで激減したそうです。
その時激しく抵抗した人こそ、南方熊楠。。
表向きには粘菌の研究に神社の森が必要、、でも彼が本当に守ろうとしたのは、
土地と人を同期させてきた何千年もの装置のようなものが一気に切断される
事を直感で察知したのでは。。
土地と植物、動物、ヒト、神社、祭り、、、すべては1つの場として繋がっている。
それが壊されることへの恐れでした。。
彼が守り抜いた森は、今や世界遺産の熊野古道として残った。
土地の下に眠る記憶を現代の人々が失ったとき。。
どこが自分の中心なのかわからなくなる。
産土の土地から離れて、コンクリ-トと電子機器に囲まれて暮らすうちに。。
自分の中心軸が場と切断された状態になる。
それを取り戻すためにも、、地元の神社に時々は用がなくても行ってみましょう。
そして土の上を裸足で歩いてみたり、季節の変わり目を感じたり、、
そしてただそこに立ち続けたいと思えるのか、、
理由もなく根を張りたい場所はありますか。。
もう、、、今日も美容のはなしできんかったわ!
大事な産土、、、大阪を維新にとられてたまるか!
菜摘さんが出演されている、お芝居、
近鉄アート館にて、泣けるんだわこれが。



