父方の~
じいちゃんの~
おとうちゃん
じい様と親父殿に聞いた話です。
ひいじいちゃん
召集されて昭和19年に呉を出撃~船(駆逐艦霜月?)を沈められるも救助される。
右の駆逐艦か霜月
しかし本土には帰れずフィリピンの飛行場守備隊?に配属
敵上陸部隊と戦闘~第一波は撃退するも味方も被害甚大❗
この戦闘でひいじいちゃんは左足を負傷してしまう。
第2防衛線まで撤退することになるが~
ひいじいちゃんは動けず~
塹壕に残り
死守することに
(この時に戦友に手紙を託す)
なぜ?
ひいじいちゃんの最後が割りと詳細に分かっているのか~
終戦後
ひいばあ様とじい様(当時13歳)
家に復員兵が訪ねてこられたそうです。
そして上記の話をされました。
最後に・・・
置き去りにしてしまったこと。
見殺しにしてしまったこと。
自分だけが生きて帰ったこと。
預かった手紙を無くしてしまったこと。
復員兵さんは畳に頭を着いて涙を流され謝られたそうです。
ひいばあ様も泣きながらお礼を言ってご馳走をして帰りに持てるだけたくさんのお米を復員兵さんに差上げたそうです。
黒澤明監督
「こんな夢を見た」
『トンネル』
戦後
こんな話が沢山有ったそうです。
