演じることを手放して、見つけたもの。〜私にとっての「vivant」〜 | 九星気学×音楽で運を開く|シュカテン shucca+

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九星気学・姓名鑑定・易経を18年指導するシュカが、運勢を仕事・人間関係・人生に活かす方法を発信。音楽と運勢学で才能と運の回路を開き、努力だけでは越えられない未来を動かします。村山幸徳先生直伝の叡智で、経営者の参謀・プロ鑑定士・気学講師を世界へ輩出中。

 

とおまさんのこの記事。
言葉の選び方や表現の仕方が
本当にすっと胸に入ってくるのですが、
実は一昨日から、
私も全く同じようなことをぐるぐると考えていました。
 

とおまさんが書かれていた、
「音楽を上手に演奏する表現者にはなれなかった。
でも、一度手放したことで、
音楽を通して
人の霊的な感性を開くお手伝いができるようになった」

というお話。
 

これ、今の私にものすごく刺さるんです。
 

というのも、おととい、
ご縁があって素晴らしいシャンソンの
ステージを見に行かせていただきました。

コンクールで受賞歴がある方々3人のステージ。
表現力も歌唱力も本当に素晴らしくて。
 30年以上歌い続けてこられた
大先輩方のステージは、圧倒的でした。

シャンソンの特徴は「祈り、願い、叫び」だそうです。
お三方とも、歌の世界の主人公として見事に表現されていて
熱く情熱的でした
 

でも、私はその素晴らしい「勢い」と
「感情の放出」に圧倒されてしまい
……正直、そこにどういて良いかわからないような、
不思議な居心地の悪さに襲われたのです。
 

ミュージカルの2時間の芝居なら入り込めるのに、
1曲の中で喜劇も悲劇も完璧に作り込まれ、
ものすごい情念がうわーっと迫ってくることに、
心がついていけなかったのかもしれません。
(※素晴らしいパフォーマンスを否定しているわけではありません。
 私がそこに馴染めなかった、という私自身の現在地の話です)
 

その時、私は猛烈に考え始めました。

「この感情は何だろう?」
 「なぜ今の私に、この完璧なステージを見せているんだろう?」

そして、
自分が歌う意味って何だろう、と。
 

そこで気づいたんです。

 圧倒的に上手な人たちはたくさんいる。


でも、あのシャンソンのステージのように、
  「完璧に演じている」

「その役を生ききっている」場と、
 私がステージで創りたい場は、

決定的に違うのだと。
 

私自身、
自分で歌いながら泣けてくる時があります。

 
それは、私がステージで
何かを「演じよう」としているからではなく、
私の生きてきた体験

そのものがそこにあるからなのでしょう
 

ただそこに存在するだけ。
文字通り、Live(ライブ=生きること)。
 

人生劇場における一瞬の輝き。

 
言葉にできない奥にある思い。


 日常における苦難や失敗を感じて、
心が振動し、

共振共鳴した空間にあった言葉や音が、
ただただ伝導していく・・・
 

様々なスピリチュアルの世界を
探求してきたけれど、
結局、私にとってのスピリチュアルとは
どこか特別な場所へ行くことではなく、
「自分の中の震え(周波数の揺らぎ)」

そのものなのかもしれません
 

とおまさんがブログの後半で、
明日のライブについてこう書かれています。
 

「神言の場合は、
動きを手放したつもりが、
生命の鼓動そのものを手に入れ直す」

 

これだ、と思いました。
 

私が過剰な表現や
「演じること」を手放して、
ただそこに存在して歌うのは、

「生きている命の震え」
そのものを響かせたいから

なのかもしれません

 

フランス語で「vivant(ヴィヴァン)」

という言葉は

生きている、活気がある、生き生きとしたという意味です

 

私が届けたいのは、

この「vivant」の生々しい
振動なのかもしれません。
 

演じる歌を手放したからこそ、
手に入れ直した
「ただ生きている(Live / vivant)」という表現。

 
とおまさんのブログを読んで、
自分の現在地がちょっとだけ
見えた気がしました。

 

 

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