「ゲームやめなさい!」って、実はそうとう覚悟がいるセリフですよ・・・ | 「好き」を仕事に!47歳で脱サラ起業した元エンジニアのブログ

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エポキシレジンアートに魅せられ仕事にしてしまいました。
個人で好きなことで勝負できる時代、挑戦する人を応援します。

 

うちの子ゲームばっかりで・・・・

 

最近すごく良く聞きますね。

 

はい、うちの中2の息子もそうです。

ネットゲームでボイスチャットしながら、時にはキャッキャ言いながら、時には罵倒しあいながら(笑)。

 

子供がゲームに熱中すること、を「悩み」だと言う方は注意が必要です。

何に悩んでいるか、本当に分かっていますか?

 

そんな方に、「ゲームをすることが悪いことですか?」って聞くと、大抵の方は

 

いや、そういう訳じゃないけど・・・

 

と言います。

 

たぶん、もっと外で遊んで欲しいとか、勉強して欲しいとか、そう思っているんだと思います。

 

でも、それは「子供のため」と言いながら、「親が子供にこうあってほしい」と思うことですね。

 

◆親が子供に望むことは何でしょう?

 

あなたが子供に望むのは、親が望む人生を歩む事、ですか?

 

そうじゃなく、

 

子供が幸せになること、ではないでしょうか。

 

この関係の縮小版が、「ゲームばかりやらないで欲しい」だと私は思っています。

 

「子供がゲームに熱中すること」コレ自体は良いも悪いもない。

 

親がその行動に対しどういう反応をするか、というだけです。

 

悩む、というのは、単に自分が希望する行動を子供が取ってくれない苛立ちじゃないですか?

 

使い古された言葉ですが、つまりは親のエゴ。

 

「成功したければ親の言うことを聞くな!」

というのはホリエモンをはじめいろんな人が言っています。

 

基本、私もそれに賛成です。

 

親をバカにするとか、言うこと全て否定しろとか、そんなことじゃないですよ。もちろん。

 

ただ、親の価値観というのは一世代古い、ということは変えられない現実だということ。

 

古い世代の古い価値観を大切にする必要なんて無い、ということです。

 

自分自身と親の世代の価値観も同様でしたよね?

 

◆子供に対する親の責任とは何か?

 

ゲームをやるのが悪いことで外で遊ぶのが良いこと、だと言うのなら、なぜゲームをやるのが悪いことなのかをちゃんと理解できるように説明するべきです。

 

そしてゲームより面白いと思える外での遊び方をちゃんと教える、もしくは今勉強するべき理由を納得できるように話す。

 

いろいろな考え方があり、それぞれの環境や生き方もあるので、絶対に正しいという教育なんてありません。

 

ただし、結果に対する責任、というのは考えるべきです。

 

例えば英才教育で楽器やスポーツ、何かを極めるために親が子供の行動を全て決める、というのも否定しませんし、結果的に一流になっても挫折しても、そうしてくれた親に感謝している、という人もたくさんいます。

 

ただ、もしそうするなら徹底的に責任を持って、とことんまで親がサポートする、という強い決意が必要だし、親も、子供のために自分の人生を犠牲にする、くらいの覚悟が無ければいけないと思います。

 

中途半端に口出して、アレはダメ、コレは良い、と言いながら、途中で「あとはお前の人生だから・・・」というのはあまりに無責任ではないでしょうか。

 

「ゲームをやめろ!(でもそれから先は自分で考えろ!)」

って、無責任極まりない。

 

レールを敷くならトコトン先まで、自分の人生をかけて、脱線しないように全力でサポートする、それくらいの覚悟があって初めて言えるセリフだと思います。

 

私は息子の人生に責任なんて持てないので、ゲームに熱中していても何も言いません。

むしろ、どうせやるなら思い切りやれ、って感じ。

 

ただし、他にやるべきこともあるので、バランスについては本人と良く話し合いをします。

もし学校にも行きたくて、ゲームに熱中しすぎてそれに支障がでるならば、時間を何時までに制限するのが良いと思うか、自分で決めさせてます。

 

そういう話し合いができる関係を構築できていないなら、それこそが問題です。
 
私が息子の人生に責任を持てないというのは、やりたいことを決めるのは親ではなく自分自身であるべき、ということ。
そのための学びや経験について本人の希望があれば可能な限りサポートする、というのが私が考える親の責任です。
 
◆一世代古い、ってどういうことか
誰しも、自分が時代遅れだとは思いたくないし、自分が正しいと思っています。
 
でも、時代とともに価値観も常識も変わっていくのはもう絶対に避けられないことです。
 
江戸時代の常識、今じゃ通用しませんよ。
 
極論で正論だけど、今、変化のスピードが上がっているから、一昔前の10年が2〜3年になっている、ということも考えると極論とも言い切れない。
 
これからITやAIがますます進化していくと、10年後は対面よりもネットを介したコミュニケーションが主流になっていくのはほぼ間違いないでしょう。
今までの10年以上に急激な変化で。
 
そうすると、例えばこんなことだって起こる可能性も・・・
 
今までは、リアルのコミュニケーションが苦手でネットでしか友達を作れない、と言う人は少数派で批判されがちでしたが、これが逆になる世界ではどうでしょうか?
 
ゲーム禁止、外でしか遊んじゃダメ!って言われて育って、ネットでのコミュニケーションが苦手でリアルでしか友達を作れない、という大人になったら、少数派になって社会から取り残される可能性だってある訳です。
 
コレ、普通にありえる話だと、私は思っています。
 
子供の頃からゲームしながらボイスチャットで世界中に友達を作ってコミュニケーション取っていたことが強みになるかもしれない。
 
だから、私が判断して子供の未来を限定するようなことはしません。
 
無理やりゲームをやめさせて、机に向かうのを見て、それで満足するような親はまずは自分自身がもっと深く考えるべきです。
 
子供は口では反抗しても、親の言うことをかたくなに守ろうとします。
かつてはそれが生きるために必要な本能だったからです。
 
もっと言うなら、子供が親の顔色をうかがって、常に自分の意思ではなく「親が喜ぶような行動」を選択するようになったら、自分で人生を切り開く力を持てるでしょうか?
 
勉強なんてやる気になればいつだってできるし、子供には無限の可能性があると私は信じています。
 
ただ、これは絶対面白い、ということは真剣に教えるし、一緒に楽しむようにしています。
 
だから時々、「キャンプ行くぞ!」と言った時には今でも喜んでついてくるし、そのときは夢中になって外で遊びます。
 
その楽しさを知った上でゲームを選んでいるのだから、それでいいや、と。
 
それよりも、私自身が学び続けて成長し続けて、仕事も遊びも全部の人生を楽しんで、そんな背中を見せること、それが教育で一番大切なことだと思っています。
 
たぶん、夜中まで本読んだり勉強したり、時には何やらゴソゴソと作っていたり・・・そんな姿は見ているはずです。
 
そしてそれを喜々としてやっているので、「あー疲れた」と言いながら会社から帰ってくる親よりは、大人になる希望を持ってくれているんじゃないかな。
 

最後まで読んで頂きありがとうございました!

 

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