強みに集中する。って自分に集中することですなふむふむ

私の感覚では、集中してくるとそれを切り口に強みではない部分の理解も進む。






その中で当然の事ながら今の自分の環境であったり、もっと広~い世界に物差しを変えてみても醜く見えるものって必ず出てくる。




そりゃしょうがないよなぁ。

「今からサッカーが一番の価値を持つ世界に産み落とすからサッカーの能力しか与えないぞ!」ってな感じで生まれるんならまだしも、前提が無というか設定されてませんからねぇむー




結局は「どう見るか」と「どう使うか」な訳で、それを醜いと思うのは勝手だけどそれ自分で醜く見える虫眼鏡取ってるだけですから。




そこにあるのはただそれ。それ以上でもそれ以下でもない。




そうゆう意味では真っ直ぐ見れるというか他人を受け入れるって素地はすごく大事なのだと思う。




その中でこそ強みも促進されるし自分も少しは意味があるのかなって思えるもんね。

まぁ、集中してれば気付いたら周りはそうゆう仲間になってると思う。




どんだけ悪~い奴に見える物でも結局は本人がどう使うか。

0対10で悪い結果しか出ないなんていうのは有り得ないから。

どう使うかで-1にもなるし+1にもなる。




なんでそう言い切れるか?

摂理な俺にはわかる!説明は苦手というか面倒くさいのだ(笑)

自分を使っていく土台として唯一めんどくさくとも持っておかなきゃいけない考え方かもと思う。




そして何より可哀相でしょうよ。

自分が守ってやらねば、可愛がってやらねば誰が面倒見てくれる?

まず自分の子であるなら何があろうと、可愛がろうよ。




夜中に思ったことを書いて見ますたねっ