訃報が続いた | 彼岸へ

彼岸へ

還暦過ぎたパートおばさん。(乳がんと肺がん経験あり)
徒歩圏内に住む息子達。
長男桐は公務員うつ病、次男桜は発達障害、特例子会社に就職。
転勤族を定年退職後に再就職した夫と2人暮らし。
姑とは20年同居経験
転勤の地は、9ヵ所。
現在埼玉在住。

こんにちは、間々宮です。

ご訪問ありがとうございます。


昨日もまったり老後ライフ。

ランチは、薬膳スープを仕込んでおき

中華粥にしました。

それから、郵便受けを見に行くと、「来ないなぁ、年賀状終いしたのかな?」と思っていた高校の同級生からの寒中見舞い。
読んで驚いた。妹さんが12月に亡くなったと。
その妹さん、2個下で高校は後輩にあたるから知っている人。
どうしたのだろう?今は、ちょっと聞けないかな。

仲の良い友人、たーちゃんとJ子にもメールした。
しばらくすると、たーちゃんから電話。
たーちゃんのメールの返事は、電話が多い。
話してたら「実は、11月に母が死んだ。」と。
え?
10月に3人でランチした時は、そんな亡くなりそうな話しはなかった。
その日、デイサービスに元気に出掛けて行って、具合悪くなり救急搬送され、そのまま亡くなったと。90歳でした。
そんなこともあるんだね。
たーちゃんは、お母さんと二人暮らし。
「寂しくなったね。」と言ったら
「それがよく分からない。そのうち、デイサービスから帰って来そうな気がするし。未だ、泣けてないし」と、たーちゃん。
急に死なれると、感情が追い付かないよね。
とてもよく分かるよ。

帰省するとたまに会って、ランチしてた。
その時に「また、3人で旅行行きたいね。」と話していた。
当時、ご存命だったJ 子のお母さんは、ショートステイに預けられた。
しかし、たーちゃんのお母さんは嫌がっていたから「行けないわぁ。」と残念そうだった。
夜も出掛けられなかった。

「こんな時になんなんだけど」と私。
「たーちゃん、若い頃から新潟駅にお酒飲みに行きたい。って、言ってたよね。そこに行こうね。」と言ってみた。
たーちゃんは「そうだね、一周忌終わったらね。来年ね。」と言った。
https://www.ponshukan.com/niigata/
☝たーちゃん憧れの店

J 子から返信が来た。
「やれるうちに、行きたいとこ、やりたいことやっておかないとね。」って。

本当にそう。
先ずは、自分で歩けて食べられること!

帰宅した夫に「来年、たーちゃんとJ子と3人で新潟にお酒飲みに行くから。」と言った。
(・_・)キョトンなだーりん君でした。

夕飯
ブロッコリー入り海老マヨ
豚バラと牛蒡のオイスター炒め
ほうれん草ポタージュスープ
紅くるりラペ