前回からの続き(11月2日のこと)です
四条通りに戻り、再び西へ堀川通りで、今度は下って(南下して)行きました
しばらく歩いて、松原通りと交わる交差点辺りで、堀川通り沿いに地蔵堂がありました
北来地蔵菩薩(ほくらいじぞうぼさつ)

住所・京都市下京区来迎堂町727
駒札

北来地蔵菩薩(ほくらいじぞうぼさつ)
ここには、松原通堀川西入の北門前町及び来迎堂町の地蔵菩薩像二体が祀られている。
北門前町は、松原通の南の町内で、町名は日蓮宗の大本山本圀寺の北門前に位置することに由来する。また、来迎堂町は、松原通の北の町内で、 町名は天仁2年(1109年)にこの地に創建された寺院である来迎堂に由来する。
両町とも、天明8年(1788年)の大火で罹災したが、その後、町内の人々の深い地蔵信仰に支えられてつくられたのが、この地蔵菩薩像であるといわれている。長く町内の古老の家で祀られていたが、昭和50年代後半に行われた堀川通の暗渠整備に伴い、町内の人々によって地蔵堂が建設され、ここに安置された。
地蔵菩薩像は、北門前町が立像、来迎堂町が坐像であるが、いずれも江戸時代につくられた木彫の貴重なものである。
なお、北来の名称は、北門前町と来迎堂町の頭文字をとったもので、昭和15年(1940年)から一般にこのように呼ばれている。
京都市
(原文のまま)
この様に立派なお堂が建っていました

アップで

でも、そんな大きなお堂でなかったのに、2つの仏像が入るのなら、そんな大きな仏像じゃなかったんですね!?😄
京都市内は罹災や、移転などが頻繁にあったので、それを象徴するようなお堂だと思いました😌
そしてそんな中でも、民衆はずっと信じた仏像を大切にしたことが分かる話でもありました😊
この日のこともう少し続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ