前回からの続き(11月2日のこと)です
今回は膏薬辻子の中にあった神田明神のことです京都神田明神

住所・京都下京区綾小路通西洞院東入新釜座町26
HP・神田明神
駐車場・なし
駒札

「京都神田明神」
御祭神 平将門命・大己貴命・少彦名命
平将門公は桓武天皇五代の後裔で、東国において武士の先駆者「兵(つわもの)」として名を馳せた人物です。この地は、 天慶の乱に敗れた将門公の首級が京都に運ばれ晒されたと伝わる場所です。古来よりこの地に小祠が祀られておりましたが、このたび将門公を祀る東京の神田明神よりご祭神をお迎えいたしました。
皇居のほとり、千代田区大手町の「将門塚」は、京の都で晒された首級が胴体を求めて関東に飛び、力尽きて落ちた場所として今なお都心の霊所として、将門公の「強きを挫き、弱きを助くる」精神を慕い、参拝がたえません。
東京に鎮座する神田明神は、大己貴命・少彦名命とともに、 平将門命を祀る神社です。
天平2年(730)に大手町・将門塚周辺に創建され、その後、
延慶2年(1309)に将門公が合祀されました。
元和2年(1616)に江戸幕府により江戸城(現在の皇居)から見て表鬼門守護の地へ遷座しました。江戸幕府より「江戸総鎮守」の称号をいただき、徳川将軍をはじめ江戸の町人たちにより崇敬されてまいりました。
神田明神の大祭「神田祭」は「天下祭」「御用祭」とも称され、江戸城内において徳川将軍が上覧しました。明治7年 (1874)には、明治天皇も親しくご参拝されました。
現在は「祇園祭」「天神祭」とともに日本三大祭の一つに数えられ、二年に一度、五月中旬に行われ、二百基に及ぶ神輿が賑やかに担がれております。
尚、この土地・建物は、神田神社責任役員氏子総代・遠藤達藏氏のご遺志を継ぎ、娘の平野徳子様により寄贈されたものです。
平成30年4月吉日
〒101-021
東京都千代田区外神田2-16-2
神田神社社務所
電話03-3254-0753
FAX 03-3255-8875
(原文のまま)
扉が閉まっていたので、外からの拝観のみとなりました😅

ほぼ全景
扉が開いてるときもあるのかな?🤔
Googleマップの画像にはそんなのもありました😄
この日のこと地味に続きます🤣
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ