前回からの続き(9月27日のこと)で、渉成園の続きです
今回から特別公開されてた燕申堂(えんしんどう)のことになります
こちらの門から入ります

特別公開は既に終わっています🙇
いつもは前を通り過ぎてた門ですが、初めて入りました
そしてこちらは今回初公開ということでした
というのも、少し前まで人が住んでおられたからだそうです
門くぐっての光景

玄関行くまでも自然が多くいい感じ😌

玄関は割りと普通な感じ?

入った所に受付がありました
東本願寺関係の施設が公開された時は、こういうのがあるのでありがたいです😊

ようこそ渉成園(枳殼邸)へ
本日は、東本願寺の飛地境内・渉成園へご来園いただき、誠にありがとうございます。
このたび、長らく、退隠した門首の邸宅として非公開だった、ここ「燕申堂(えんしんどう)」 を初めて公開いたします。
「初公開」となる燕申堂を、どうぞごゆっくり見学いただければ幸いです。
(以下、原文のまま)

渉成園とは
渉成園は、真宗本廟(東本願寺)の飛地境内の庭園です。
1641 (寛永18)年に三代将軍・徳川家光からこの土地(約1万坪)が寄進され、石川丈山の趣向を入れた作庭がなされました。
庭園には四季折々の花が咲きほこり、変化に富んだ景観は「十三景」と称されています。
1936(昭和11)年には、文人趣味にあふれる仏寺庭園として、国の名勝に指定されています。

燕申堂について
渉成園はもともと、東本願寺の歴代宗主(門首) の隠居所と、来賓を迎える施設の両方をあわせもつ庭園として整備されました。
そのうち、退隠した門首の隠居所 (住居)となっていたのが、この「燕申堂(えんしんどう)」 です。
蛤御門の変による焼失ののち、現在の建物は、 1890(明治23)年に再建されたものです。
再建後も、門首の親族が近年までお住まいであったため、これまで公開されたことがありませんでしたが、このたび、一般に初公開します。

燕申堂・建物の特徴①
「燕申堂」は、退隠した門首の日常居住の場で、主棟の燕申堂の名称から、建物全体を「燕申堂」と呼んでいます。
数寄屋風意匠の室を納めた2階建の構造で、今回公開する主室のほかにも、「停雲居(ていうんきょ)」、茶室「含春亭(がんしゅんてい)」などがあります。
2階部分(非公開)は「風月楼(ふうげつろう)」と名付けられ、全面の戸を開放すると、渉成園全体を見渡すことができる造りとなっています。

燕申堂・建物の特徴②
各柱にはとても質の高い「トガ材」が使用されていることも特徴です。
トガは、明治20年代後半より、近代京都の別荘建築に使用されるようになり、明治30年代より大流行したと言われています。
この「燕申堂」は、明治20年代前半に建てられたもので、流行に先駆けて建てられた近代京都の和風住宅の技術史においても重要な意味があると評価されています。
なお、それぞれ飛形が異なる「燕」の釘隠(くぎかくし)も特徴のひとつとなっています。
こちらは玄関から入った所の部屋

反対側

欄間

釘隠し

これが燕の姿をしていて全て違ったんだったかな?
時間経ったから忘れてます(;^_^A



隣の部屋

左寄り

この床柱なんかも珍しいものだと言われてました

襖に描かれたものも有名な人のが多かったです




隣の部屋を望む

これは最初に入った部屋の隣



天井

天井も変わってました

襖

襖をアップで

そんなですが、後編へと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ

