前回からの続き(9月6日のこと)です
鷹峯街道を再び東へ向かいますすると右手に消防団の詰所(らしい)があって、石碑や解説板がありました
琳派四百年記念碑

住所・京都市北区鷹峯光悦町18-1
駐車場・なし
追記(令和7年11月24日撮影)
秋の頃
解説

琳派四百年記念碑
元和元年(1615)に徳川家康から洛北鷹峯のこの地を与えられた本阿弥光悦 (1558~1637)は、一族や職人等と移り住み、「光悦村」と呼ばれる芸術村を拓き、優れた芸術作品を生み出した。
光悦から依屋宗達、尾形光琳・乾山へと受け継がれた美の流れは、後に「琳派」と呼ばれ、誕生から四百年を経た今日もなお、日本美術に多大なる影響を与え続けている。
碑文の「此後とても昔の名作におとらぬ名人いくらも出申べし」(出典「本阿弥行状記」)は、「これから後にも昔の名作を作った人に劣らぬ名人が何人も現れるでしょう」という「琳派」の祖、光悦の言葉である。
「琳派」に象徴される日本の美と美意識が、次代を担う若者に受け継がれ、これからも優れた芸術が創造されることを祈念し、光悦生誕四百六十年にこの記念碑を建立する。
平成三十年六月吉日
京都市
寄贈 市田ひろみ
碑文選 河野元昭
碑文揮毫 吉川 蕉仙
(原文のまま)
こちらは琳派の400年を記念して、市田ひろみさんが寄贈されたものだそうです
そこから更に東へ進むと右手にこんな山門がありました
遣迎院 山門

Googleマップによると、備中高松城の城門が移築されたものだとか!?
光悦美術館というのがありましたが、休館中となっていました💦


その前に源光庵があり、そちらに行ってますが、それは次回に
今回はその先のことを書いておきます
鷹峯街道を今度は南下して行くと、左手に瑞芳寺というお寺があり、その前の石碑には了義院日達上人御墓所とありました

次回は後回しにた源光庵のことになります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ


