推定宮内省でした

解説

宮内省の復原建物
内裏東側のこの一画で見つかった建物群は、天皇家のための仕事をする宮内省関係の役所とみられている。築地域で囲まれた東西約50m、 南北約90mの区画の中には、瓦葺の正殿を中心に檜皮当の脇殿や倉庫など6棟の建物があった。
ここでは、発掘調査の成果をもとに、現在残っている奈良時代の建物の姿かたちを参考に、門、 築地塀、建物を復原している。復原にあたっては、 できるだけ当時の工法を用いた。
(原文のまま)
敷地内へ入って行きます

復元された建物だけでなく、礎石もあったりしました


右側にも復元された建物があって

そちらの建物の中には、当時のことが解説されたものがありました

役所での仕事
内裏東方のこの一画で発掘された建物群は、 天皇家の財政と生活を支える仕事を担当した宮内省の遺構と推定されています。宮内省に限らず平城宮の役所では、土間に机と椅子を置いて仕事をしていたようです。復原建物の中に置かれた机は、正倉院宝物の「多足几(たそくき)」を参考に製作しました。
役人の道具

紙が貴重であったために奈良時代には、日常の業務には木簡(文字を書く薄い板)を大量に使用しました。
木簡は表面を削り直せば何度でも使えます。そこで、木簡を削るための小刀が、筆とあわせて役人の必需品となりました。このために役人は「刀筆の吏」とも呼ばれます。
その建物を外から見たところ

こちらのリーフレットもありました
通路にはこんな地図が足元にありました

更に西へ向かって行きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ


