前回からの続き(5月17日のこと)です

観光案内所の前の道路を北上して行きます
すると、駒札が掲げてあるお寺がありました
高林寺
住所・奈良県奈良市井上町32
御本尊・阿弥陀如来
札所・大和北部八十八ヶ所霊場(第16番)
駐車場・無料のが1台分あるそうです

駒札
高林寺と高坊旧跡
                   茶室 高坊
  奈良時代右大臣藤原豊成卿・中将姫屋敷跡・元興寺塔頭「高坊 」として古墳を護っててきたが 、 安土桃山時代に至り、ここに「 高坊一族 」 又は地形を名とした「北の端 」と称する茶人 ・ 連歌師 ・ 医師 竹田一族らの数寄者が住みつき、茶道・ 連歌等を大いに興隆し、奈良南の下町町民文化の一大中心地として大いに発展した 。
 
北の端宗棟(そうとう)・ 里村紹巴(しょうは)・高坊心前(しんぜん)らが住した 。 心前は松永久秀が多聞城築城に際し 、中将姫父子の碑を持ち去ろうとしたが 、「曳き残す花や 秋咲く石の竹 」と詠んで久秀に差し出し危うく難を免れたという 。
  高坊は天正2年3月 、堺の大宗匠
津田宗及に招かれて「 天王寺屋会記」に名を残し、「 松屋 会記」や北野大茶会にも奈良茶人三十六人衆の 一人として参加している 。
( 文学博士永島福太郎先生の考証による ) 。これらを顕彰して、昭和63年 「茶室 高坊」が建立された。 扁額も永島先生により、天王寺屋会記 より宗及自筆の高坊・花押を採拾して作製掲額されている。
    豊成山高坊高林寺
(原文のまま)

山門前にある石碑
右・高林寺 高坊旧跡
左・中将姫修道霊場 豊成卿古墳之地
こちらは前(正門は別にあるかもしれません?🤔)を通ったので、撮っただけです🙇

歩いてる道路と町並み

次回は近くで民家らしき所が公開してたので、見学したことです
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ