前回からの続き(1月2日のこと)で、萬福寺の続きです

三門から少し行って、左手に参道が延びています
その先にあるのは開山堂(重文)
寛文元(1661)年、建立

通玄門(重文)

その前に石碑があり中和門院御?趾とあります
中和門院とは
後水尾法皇の生母・中和門院前子(ちゅうわもんいんさきこ)のこと
この辺りは中和門院の屋敷跡だったということです
(週刊古寺を巡る 萬福寺参照)

隠元禅師が祀られています
前にある石畳は氷裂文というもので、同じ形の石がないそうですあんぐり
(萬福寺HPより)

扁額
2代住持・木庵性瑫(もくあんしょうとう)筆
(週刊古寺を巡る 萬福寺参照)


そこから廻廊を歩いて行きます

左手に見えるのは寿塔(重文)

正面から

その先に石碑亭(重文)
宝永6(1709)年、建立
亀趺(きふ)上に建ち、寛文13(1673)年に後水尾法皇から隠元禅師に賜った「特賜大光普照國師塔銘」が刻まれている
(古寺巡礼 京都19 萬福寺参照)

石碑のみで

廊下に鐘が掛かってました

合山鐘(がっさんしょう)
元禄9(1696)年、6世千呆(せんがい)禅師によって再鋳されたもの
開山堂、寿塔、舎利殿で行われる儀式の出頭時に鳴らされる

(古寺巡礼 京都19 萬福寺参照)


廻廊右側には中和園という庭があり、そこにある井戸は中和門院の屋敷の井戸(中和井)があります

その反対側に解説のある木がありました
香椿(チャンチン)
隠元禅師が中国から伝えたもの
若葉は食用となる
と書かれてました指差し

廻廊を先へ進みます

階段上がったとこ

その先にあるのは天王殿(国宝)
天王殿とは
チベット仏教寺院に由来し、元王朝によって中国にもたらされ、中国式の禅宗寺院に定着したもの
日本では黄檗宗寺院のみに見られるものということです
桁行5間、梁間3間、一重入母屋造、本瓦葺
寛文8(1668)年建立
(古寺巡礼京都19 萬福寺参照)

その前には池があります

天王殿の前には大きな香炉がありました


内陣の正面には有名な布袋坐像爆笑
布袋さんは弥勒菩薩の化身とされているそうですあんぐり

内陣の四方には守護神として四天王が
廣目天

アップで

多聞天

アップで

持國天

アップで

増長天

アップで

布袋さんの反対側に居られ大雄宝殿の釈迦如来と対面するかのように安置されているのが韋駄天

アップで

引いて見たのがこちら

とこんな感じで、広い境内に建物も多くあるので、記事は遅々として進みません😂
萬福寺のこと続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ