前回からの続き(令和6年11月10日のこと)で、京都府庁旧本館のことになります

以前にも見学していますが、知事室も行ってみることにしました
こちらは入るとき、チケットとは別にパスポートを渡されたような!?🤔
何度も公開されてるためか、たまたま人が少ない時間だったからか空いていて今までで一番ゆっくり見れました😁
何度も公開されてる所は、これからそういう傾向になるのかな?

上の入り口からすぐ右手にこの扉があります
旧知事室
明治38(1905)年〜昭和46(1971)年の67年間、24人の知事(大森鐘一〜蜷川虎三)が使用
(リーフレットより)

上の装飾のアップ

左半分

少しアップで

天井メインで

窓周辺

知事の机

左手が入った扉

暖炉もあります

アップで

解説
旧本館の暖炉 
  旧本館2階の旧知事室、旧食堂 (旧知事室西隣りの部屋)、旧応接室(現2-K会議室) 及び旧貴賓応 接室(現2-L会議室)の4室には暖炉が据え付けられています。各室の暖炉は、材質、タイルの模 様、暖炉上部に配置されている鏡の形状などに違いがあり、それぞれが異なるデザインになっています。
  ここ旧知事室の暖炉は大理石にタイルを組み合わせたもので、上部に大きな鏡が取り付けられており、 知事室に威厳を与える作りとなっ ています。
(原文のまま)

こんなテーブルも展示してあります

右手が入ってきた扉
左手が隣部屋へ通じる扉です

隣の部屋(入って右手)
こちらは竣工当時は食堂だったようです

天井角と扉上の装飾

天井と窓周辺

これは入って正面になる側

これは知事・部長登退庁表示灯と解説がありました

歴代知事の紹介もありましたが、やはり知ってるのはこの辺りくらい😅

古い所だけアップしてみます
蜷川虎三

林田悠紀夫(ゆきお)

荒巻禎一(ていいち)

明治・大正の知事

こちらで聞いたことあるのはこの2人くらい💦
槙村正直(まさなお)

北垣国道
この人が琵琶湖疎水建設を手掛けた人です
銅像も岡崎疎水に立っています

テーブルの上には資料も展示されていました

旧本館 当初平面図

アップで



解説
明治35年7月25日(金)発行 日出新聞記事(抜粋)
  (明治)18年6月5日府庁舎を京都上京18区第2組藪の町85番地の2に移す
  即ち事務官の旧地にして維新前京都守護職の本邸ありし所なり
  移庁の当時は旧京都中学校の建物を充用したるものにて講堂を正庁に其(その)四方に分れたる数棟の教室を各部課の事務室に充てたるが故に位置構造共に執務に不便にして数次(しばしば)増築し年々修理を加へたるも用材腐朽に近づき危険の虞(おそれ)なきにも非ず
  殊(こと)に府会議場に充(あ)つべき室なきを以て先には寺院を借り後には京都府議事堂を借りわづかに事を辨じたるが如き状態なり
  是(ここ)に於て明治32年時の府知事現内務大臣男爵内海忠勝氏改築の案を立てて府会の議事に付す
  此年は管下非常なる災害の後を承け復旧工事等の為め支辨すべき費用多額なるが故に改築の必要を認めながら適当の時機にあらずとの理由に依り否決せり
  翌33年知事高崎親章氏明治34年度より監獄費は国庫の支辨となり且つ幸にして著しき災害無きを以て改築に着手するに相当の時機なりとし先の案を改めて金約5万円を減じ更に府会の議に付し府会は審議の末満場一致を以て之を可決したり
(原文のまま)
この本館がすんなり建った訳でないことが分かる記事でした😅

こちらにも暖炉

アップで

正面から

旧本館のあと1回続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ